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オウムとマインドコントロール:教祖の判決を前に

オウム教祖
麻原彰晃こと松本智津夫
東京地裁判決を前に


2004.2.26

 地下鉄サリン、松本サリン、坂本堤弁護士一家殺害など13事件で、殺人罪などに問われたオウム真理教の麻原彰晃こと松本智津夫被告に、27日判決が出る。7年以上にわたる裁判だった。

 ここでもう一度、彼の半生を振り返りながら、オウムとマインドコントロールの心理、カルト宗教のカリスマ教祖の心理にについて考えていきたい。

このページのコンテンツ:松本智津の人生・オウム信者と麻原彰晃・松本智津夫の犯罪心理・カルト宗教のカリスマ教祖達・裁判


麻原彰晃こと松本智津の人生

捨てられた子、松本智津夫

 1955年彼は7人の四男として生まれる。貧しかった両親は、彼を修学費用のかからない全寮制の盲学校に入学させる。当時、彼の左眼の視力はほとんどなかったが、右目には1.0ほどの視力が残っていた。
 休みの日には、他の子は自宅へ帰るのに、松本には迎えが来なかった。小さいながらに、「捨てられた」という感覚があったようである。
 貧しかったり、障害があると、心が歪んでしまうと言うわけではない。何が足らなくとも、「愛されている」という実感があれば、幸せな子が育つのだが。
 彼は盲学校の小学部、中学部、高等部、専攻科と進学し、20歳までの13年間在学する。
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発達心理学(.乳幼児の心理〜児童期の心理)

盲学校での君臨

 松本は頭は良かった。体格も良かった。スポーツも得意だった。ステージでの発表会などでも活躍した。彼は、他の生徒とは違って、目が見えた。
 彼は次第にその力を使って、校内で君臨していく。小さなころはかわいらしく、校長先生を慕い、寂しさに耐えている様子も見られたが、徐々に、彼の残酷さが現れていく。
 彼は他の生徒を子分としていいように使い、脅して金を巻き上げたりした。
 松本は、人よりも優れた点を多く持ってはいたが、生徒会長選挙でも、寮長選挙でも、何度も立候補し派手な選挙活動をしたにもかかわらず、結局当選することはなかった。得意だった柔道部でも、部長になることはなかった。自治会の総会では、相手を困らせる攻撃的な主張で、大混乱を巻き起こしもしている。
 松本にしてみれば、これほど有能なのに、みんなは認めてくれないと感じていたことだろう。彼は、脅しや口車で、人々を操る方法を身につけていく。

挫折と宗教との出会い、オウムの始まり、

 彼は医者や政治家を目指し、大学の医学部や法学部の進学を目指すが、うまくいかない。このころ阿含宗に入信。その後、1984年オウム神仙の会を作っている。
 当時の神仙の会は、無理な勧誘も、資金集めも、修行もなかったと言うが、その後この集団は急激に変化していく。
 1987年、これをオウム真理教と名称を変える。出家した信者との共同生活をしながら、超能力、派手な終末予言(ハルマゲドン)などで有名になり、信者数は増加していく。88年には、富士宮に土地を取得。
 このころすでに信者を殺し、活動を邪魔する坂本弁護士一家を殺害しているが、事件が明るみに出るのは、後のことである。
 1989年、なかなか宗教法人が取れないことに怒り、多くの信者とともに、乱暴な抗議行動をとる。その結果、東京都は「法律違反を示す事実は確認できない」として「宗教法人オウム真理教」が誕生しる。
 1990年2月、衆院選に立候補。だが、1783票しか取れず落選。脱会者が相次いだ。
 この後、松本は「日本沈没」の予言を行い、病原菌やサリン散布の準備をはじめることになる。
1990年、松本は細菌兵器の研究を指示。
1992年、サリン製造開始。
銃やヘリコプターも入手する。
1994年6月、松本サリン事件発生。
1995年3月、地下鉄サリン事件発生。
そしてこの年の5月、オウム真理教教祖、麻原彰晃こと松本智津夫は逮捕される。
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犯罪心理学:心の闇と光

オウム信者と麻原彰晃(松本智津夫)

 オウム真理教は、麻原彰晃(松本智津夫)の団体である。教団内では、様々なマインドコントロールの手法が使われたが、その中心には、強いカリスマ性を持つ教祖麻原彰晃(松本智津夫)が存在していた。
 オウムとマインドコントロール問題に詳しい社会心理学者のの西田公昭先生も、「オウムの信者は解脱を目的に、松本と一対一の関係を結んでいた。」と分析している。
 麻原色を薄めようとした上祐史浩は、教団内で影響力を弱め、新たな集団指導体制の中で、公安当局は「松本への帰依を強調する説法が行われている」と警戒感を強めている。
 このような性格のオウム真理教において、当時、松本被告や弁護側が主張するように、麻原教祖の考えを無視して、信者が暴走するなど、考えられない。
 それは、他のマインドコントロールを使用している破壊的カルト宗教も同様である。教祖や指導組織の指示なしに、信者が重要な決定をすることはない。
 さらに今後のオウム真理教(アーレフ)が再び危険な方向に行くとしたら、麻原彰晃のこれまでの言動をもとに、その真意はこうだったのだという解釈のもとに、非合法活動が行われることだろう。

松本智津夫(麻原彰晃)の犯罪心理

 森武夫先生はその著書「麻原彰晃の犯罪心理―信教と破壊 」(東京出版)の中で、

麻原彰晃は、

「他人を攻撃支配しながらも、常に取り巻きを必要とした」それは「彼の心底の寂しさとも関係がある。実は、すべてから阻害され、見捨てられ、孤立することを極度に恐れていたと言える」

と述べている。
 怒りや攻撃心の裏には、多くの場合、強い劣等感や疎外感、寂しさがあるものである。

 また、森先生は、松本被告には、反社会性人格障害、演技性人格障害、自己愛性人格障害等が考えられると考察している。
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性格の病:人格障害

カルト宗教のカリスマ教祖達

 彼らは強いバイタリティをもち、しばしば誇大妄想的、被害妄想的な発想があり、人をコントロールする力があり、雄弁である。自己愛性人格障害をもち、他者を怖がらせつつ、ひきつける魅力も持っている。

カリスマ教祖の一般的な成育歴

幼少期からの、愛情の欠如、虐待体験、強い劣等感などで、攻撃性が高くなる。
思春期、青年期に、大きな挫折体験をする。
そして、宗教や精神世界に関心をもち、自分なりの思想を作り上げていく。
このように見ていくと、松本被告(麻原彰晃)は、その典型例と思われる。

カリスマ教祖が、みんな昔からのワルというわけではない。

 カリスマ教祖が、みんな昔からのワルというわけではない。

 むしろ、まじめで熱心だった宗教指導者もいる。魅力的であり、信者も増える。その中で、まじめで熱心すぎるがゆえに、外の世界を否定していく、それでも親衛隊のような熱心なファンは彼から去らない。

 しだいに外の世界からは批判もされるが、それはさらにグループの結束を高め、リーダーの神格視を強めていく。彼は神になっていく。それでも集団の存続が怪しくなると、終末思想や、極端な方策が目立ってくる。そしてついに動きが取れなくなった教祖や組織は、破滅的な行動をとっていく。

裁判

 被害者や被害者遺族は、松本被告の極刑を求める人が多い。また、謝罪を求めている。
 裁判は、基本的には、弁護側と検察側の対決という形で進んでいく。
 少年審判のように、裁判官も弁護士も関係者一同が犯人を反省させるように努力すると言ったものではない。
 裁判結果は、有罪であれば、極刑の判決が出るだろう。だが、裁判だけの力では今のところ「謝罪」を生み出すことはできていない。被害者がこれほど望んでいることなのに。

2004.2.27 「オウムとマインドコントロール:判決を受けて」を準備中
判決を聞いてから執筆します。
リンク
「現代社会を社会心理学で考察するサイト」
(静岡県立大学助教授西田公昭博士)
このサイトで拝見しましたのですが、西田先生が「オウム被害者の会が主催したパネルディスカッションに参加。死刑は麻原教祖だけでよいのではないかという意見で一致」したそうです。

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