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個人的感情

 個人的なお話をすれば、私にも被害者児童と同じ子どもがいます。子を持つ親にとって最悪のことは、子どもの死でしょう。ましてや、殺されるなんて。想像するだけでも心が震えます。ご遺族はどれほど悲しく、悔しく、無念のお気持ちでしょう。私も犯人を憎らしく思います。しかし、それでも、犯人への憎しみと被害者への同情だけでは不十分だと感じています。


以下は、当サイト内の
日記エッセイ「DAY by DAY」12.24 京都小学生殺害事件
からの転載です。

 こころの散歩道:心理学総合案内DAY by DAY


99年12月24日(金) NO.124
京都小学生殺害事件

嫌な事件ですね。

 私も子どもがいます。子どもがちょっとケガをしたり、病気になっただけでそうりゃあもう大変ですよ。

 親バカなんで、すっかり甘やかしてしまいます。やれ、ジュースだ、やれ、プリンだと、好きなもの栄養になりそうなものをたくさん買ってきます。

 障害を持っていたり、重い病気の子を、甘やかさずにきちんとお育てになっている親御さんはほんとにえらいと思います。

 そのかわいい子どもが死んでしまったらどうでしょう。小さな子どもの葬儀にも出たことがありますが、親になんて言ったらいいのかわかりません。

 事故で亡くなった大学生の葬儀にも出たことがあります。出棺の時、母親は文字通り泣き崩れて歩けなくなってしまいました。父親が叱咤激励しているのですが、それがまた何とも悲しいのです。

 子どもが事故死して、それいらい夫婦仲が悪くなり、結局離婚された方もいました。珍しい話ではないでしょう。

 若い娘さんが自殺してしまったご両親にも先日お会いしました。心の中は、後悔や無念の思いで一杯でしょう。子どもに先立たれるほど辛いことはありません。

 ましてや、殺されたとしたらどうでしょう。こういう方には直接お会いしたことはないのですが、心が張り裂けるような思いでしょう。

 今はただ、悲しみに浸るしかないと思うのです。慰めも、励ましも、前向きな考え方も、今はそんなことはどうでも良く、涙にくれるばかりです。

 さて、殺したほうも子どものようです。自分の子どもが殺人者になったらどうでしょう。人様の命を自分の子どもが奪ってしまった。子どもを殺して、自分の死にたい気分になるかもしれません。

 もちろん、それは現実的ではないでしょう。子どもを支え、しっかりと責任を取らせなければなりません。子どもとともに思い十字架を背負って生き続けなくてはならないでしょう。

 子どもとはいえ、親とは別人格の人間ですから、全ての責任をとるわけにはいきませんが、それでも感情的には、自分のことのように責任を感じることもあるでしょう。

 子どもが子どもを殺す。全ての関係者を、心底苦しめ、絶望的にさせる事件です。それでもなお、私は心の闇と、そして心の光を探していきたいと、思っているのですが。

日記エッセイ「DAY by DAY」
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