精神障害者の犯罪、触法精神障害者について考える。
こころの散歩道/犯罪心理学/小学校乱入/防止
2001.6.10
強制入院:社会に出さなければ良いのか
もしも、ある人間が将来犯罪を犯すかどうかがすべてわかる魔法の方法があれば、その犯罪を防止することもできるでしょう。しかし、人間の将来の行動を予測することは、とても難しいのです。
この男性は、一度精神病ということで措置入院(自傷他害の恐れのある人への強制的な入院)をした後で退院し、今度は任意入院(自分の意志で入院)し、その後、退院して、現在は通院中でした。
このような事件が発生してしまえば、なぜもっと強制的に入院させておかなかったのかとお思いの方も多いでしょう。しかし、ある人を強制的に精神科に入院させつづけることは、簡単にはできません。
もしも、あなたがしばしば酔っ払ってけんかをする人間だとしましょう。そんな危険な人間は、ずっと精神科に強制入院させておけばよいのでしょうか。
精神病と、酒に酔うことは、まったく違うでしょうか。そうですね、精神病患者の多くは、危険のないおとなしい人たちですし、精神障害者の犯罪よりも、酔っ払いの犯罪のほうが、ずっと多いことでしょう。
なぜか、酒によっての傷害や殺人や放火が毎年何件起ころうと、酒を禁止したり、酒を飲む人全体を非難する声はあがりません。一方、精神障害者が犯罪を犯すと、法律や医療の問題が大きく取り上げられます。
私たちの社会は、飲酒には妙にやさしく、精神障害者には、とても厳しい社会なのかもしれません。
いずれにしても、乱暴だといった理由だけでは強制的な入院を続けるわけにいきません。
精神的な病気を持っていても、できるだけカギのかかるような「閉鎖病棟」ではなく、普通の病室と同じような「開放病棟」へ移し、さらには、できるだけ社会ね戻そうという治療姿勢は、基本的には間違っていないと思います。
もちろん、だからといって、社会の秩序や市民の平和が脅かされてはいけませんが。
今回のケースも、詳しいことはまだわかりませんが、措置入院を解いたことはおそらく間違ってなかったと思います。精神障害によって訳のわからない状態などではなく、理性的な言動の取れる人を、仮に近所の人とのトラブルが多いからといって、強制的に入院させつづけることはできません。強制的な、措置入院という方法には、限界があると思うのです。
犯行直前:薬と不眠と孤独
報道によると、犯行の前は、ほとんど眠れない状態が続いていました。また彼は、10回分の薬を飲んだといっていますが、ということは10回分、薬を飲んでいなかったということでしょうか。薬も飲まず、眠れない状態が続く、これは心の病が悪化する典型的な状態です。
大学院生時代、東京都の精神化救急の受付のアルバイトをしていたとき、こういう患者さんをたくさん見てきました。薬を飲まない、眠れない状態が続く、だんだん心が苦しくなる。とうとう我慢できなくなって、夜中に病院へ運ばれてくる人もいますし、数は少ないのですが、興奮状態で警察官に保護されてくる人もいます。
何日も眠れない状態が続いてしまう前に、きちんと診察を受けていれば、こんなことにはなりません。薬をきちんと飲みつづけていれば、こんなことにはならなかったでしょう。本人にそれだけの冷静な判断ができないのであれば、家族が気をつけなければなりません。
(そんな家族はいなくて、一人では自分の薬をきちんと管理できなければ、入院という選択もあるでしょう)
彼は、離婚をし、親とも絶縁状態でした。彼の不眠の苦しさを理解して、助けてくれる人はいませんでした。薬を飲んでいないことに気がついてくれる人もいませんでした。
そして、彼は「孤独」でした。犯罪的なことをしてしまう精神障害者の多くは、孤独であるように思えます。睡眠や投薬の管理ということだけではなく、彼の心を支えてくれる人がいなかったのでしょう。孤独の中で、幻覚の渦に巻き込まれ、死を考え、あるいは被害妄想的な思いを募らせていったのかもしれません。
こんな書き方をすると、こんな凶悪犯人を甘やかし、同情することなどないと、お叱りを受けるかもしれません。私は、この男性に安易な同情を寄せるつもりはありませんが、しかし、もし彼が孤独ではなかったら、今回の事件は防げていたかもしれないということを言いたいのです。
では、離婚した妻や、彼の親が悪いのかといえば、これもまた簡単に彼らを責める気にはなりません。みなさん、どうでしょうか。彼は、行く先々でトラブルばかりを起こしてきました。妻への傷害事件も起こしています。このような夫を、妻は最後まで支えるべきだとお考えでしょうか。奥さんが離婚を考えたとしても、当然のことと思えます。
彼と、親の関係がどのようなものだったのかは、まだよくわかりません。ただ、一般論ですが、このような心と行動の問題を抱えた人の家族は、長い期間苦労し、傷ついてきています。それでも、血のつながった家族なのですから、ずっと面倒を見る責任はあるかもしれません。
ただ、私はこのような多くのご家族を見ていく中で、疲れ果て、逃げたくなってしまうご家族を、簡単には責める気になれないのです。
それではどうしたらよかったのか。いろいろなことが考えられます。彼を家族だけでは支えきれないのであれば、社会が彼の家族を支えることができていれば、結果はちがっていたかもしれません。
あるいは、入院するような状態ではないけれど、社会で一人で生きていける状態でもない、そんな人が生活していける共同生活の場「中間施設」があったならば、彼は孤独にはならず、犯罪を犯さないですんでいたかもしれません。
この「中間施設」は、とても大切なものだと思うのですが、まだ日本では普及していません。
あるいは、この男性はそんあ中間施設があっても、またトラブルを起こし、飛び出していたかもしれません。心の病といっても、彼のように反社会的な要素が強い人間に対するもっと専門的なスタッフや施設ががあたならば、この恐ろしい犯罪は防げていたでしょう。
まとめ
彼にとっては、人を殺せば死刑だといっても、犯罪の抑止にはなりません。刑罰強化によって防げるような犯罪ではありません。だからといっても、一生強制入院を続けることもできません。直接犯罪を犯した彼を責めることは簡単ですし、彼の病院を責めることもできますが、そんなことをしても類似事件の再発生防止にはあまり役に立たないでしょう。
人を傷つけるかもしれない不安定な心の状態の人を、孤独にしないこと、そのために家族を支えたり、新しいシステムを作っていくことが、必要ではないでしょうか。
(私自身は、現在直接的には医療にも司法にもかかわっているわけではありません。
この事件を受けて、小泉総理は、「不備を正す」必要があると発言しています(6.9)。どうぞ、専門家や現場の声をきちんと聞き、正しく意味のある改善を目指してほしいと願っています。)
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