新潟青陵大学大学院(碓井真史) /心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座) /犯罪心理学/元厚生次官宅連続襲撃事件の犯罪心理学
犯罪心理学:心の闇と光元厚生次官宅連続襲撃事件の
2008.11.23 |
2008年11月18日、さいたま市で元厚生事務次官夫妻が殺害される。同日夜、今度は東京都中野区で同じく元厚生事務次官の妻が、自宅で刺される事件が発生。
二人の元事務次官は年金の専門家でもあり、年金問題に関連した「テロ」という見方も浮上したいた11月22日、「元次官を刺した」と男(46)が警視庁に出頭。凶器や血のついたスニーカーなども持参していたため、銃刀法違反で逮捕された。(11.23.17:00)
驚くような犯罪が発生した時、私たちはさまざまなことを考えます。知識のある人々は、被害者は年金のプロだったといったことから、複雑な動機や背景、組織の存在まで想像した人もいたようです。
いったいどんな犯人なのかは、逮捕してみないと誰にもわからないのですが、多くの場合は、事前の予想は「考えすぎ」です。犯行は意外と単純なことが多いようです。今のところ男性は、「昔、保健所にペットを殺されて腹が立った」などと語り、単独犯だと語っているようです。(本当の動機はまだ不明ですが)
しかし、思ったよりは単純だったとしても、そうはいってもやはり、犯罪は社会を映す鏡であり、事件を通して考えなくてはならないことは多くあると思います。
報道によると、男性は山口県出身の46歳。高校卒業後、大学の理工学部電子工学科に進学しますが、卒業せずに中退しています(8年が在籍の上限)。その後、コンピュータの知識を生かして就職しますが、職場で上手くいかず退職。その後、職を転々とし、父親が経営する職場でも働きますが、いずれも退職。この10年は、父親とも音信不通でした。
父親によれば、友達ともよく遊ぶ、動物好きの優しくて活発で明るい子だったと言います。反抗期らしい反抗期もなく、乱暴なことは嫌い、運動は苦手、高校の時は将棋部で、数学が好き。帰宅後はずっと数学の勉強をしているような子だったといいます。
しかし、事件発生時住んでいたアパートの住人からは、「クレーマー」と呼ばれるほどに、嫌われる存在だったようです。大きな声で怒鳴ることもよくあったようです。そのために、隣室の住人が出て行ってしまうこともあったようです。
ただ、報道によると、アパート以外の町の人々はほとんど彼のことを知らなかったようです。
父親は事件についてこう語っています。
「何て大それた事をしたんだと。父親として、どうお詫びをすればいいのか言葉が見つからない。〜息子にはきちんと責任をとり、しっかりと謝罪してほしい。腹を切れと言いたい」
特に問題のない良い子でした。家庭的にも大きな問題はなさそうです。楽しい子ども時代だったようです。少年時代の問題行動も報道されていません。
幼いころは、友達とも仲良く元気に遊んでいたようですが、高校になると自室で「一日中数学の勉強をしていた」という子になっていきます。
勉強はもちろん良いことですけれども、しだいに活発な交遊関係は減っていったのでしょうか。大学も中退します。何かなじめない部分があったのでしょうか。
大学中退後、教授の推薦で就職した職場もやめています。結局彼は、46歳になり、両親との人間関係も持たなくなり、自分の家庭もなく、職場での人間関係も、近隣との人間関係もなくなっていました。
そんな中で、供述によれば、保健所、厚生労働所への恨みを感じ、犯行に走ったことになります。
彼が学校を卒業し、就職先で人間関係ができたり、家族との人間関係があれば、おそらくこんな事件は起こさなかったでしょう。
***
たとえば、秋葉原通り魔事件の犯人も、バージニア工科大学銃乱射事件の犯人も、有能な人でした。しかし、人間関係は苦手でした。有能だからこそ、挫折には弱い部分があります。本当の自分はこんなはずじゃなかったという思いが極端に強くなると、、社会に対する恨みと攻撃が生まれるのです。
理数系は得意だが人間関係は苦手だという人は、実はたくさんいます。多くの人々は、自分の得意分野を生かした居場所を見つけることができるのですが。
たしかに、宗教や政治思想を背景としたテロではありませんでした。私は、今回の事件発生を聞いた時、「通り魔」と「テロ」の中間のような犯罪だと感じていました(犯人のイメージとしては今回の男性とは異なる秋葉原事件の青年のような人を想像していましたが)。
秋葉原の青年も、明確な思想などはなかったのですが、社会へ恨みや怒りを感じていました。彼は、自分の存在を示そうとして犯行に及んだといいます。
テロリストは、宗教者政治思想を背景にしていますが、民族の独立や仲間の開放など明確な目的をもたないテロリストもいます。オサマ・ビン・ラディンもそうだといいますが、裕福な家庭に生まれたものの、イスラム社会が西洋キリスト教社会から侮辱されていると感じているようです。
本来なら、西洋よりも文化的にも技術的にも自分たちの方が上だったはずなのに、現代社会において不当に低く見られているという怒りと恨みと悲しみです。
彼らは、西洋社会に鉄槌をくだし、恐怖と不安を引き起こし、反省と悔恨の念を引き起こしたいと願っているのでしょう。
通り魔や銃乱射事件の犯人も、間違っているのは自分を不当に扱ってきた社会だと感じています。彼らとしては、自分こそが正義であり、「天誅を下す」という感覚で犯行に及びます。だから、白昼堂々と犯行に及び、逮捕されても顔も隠しません。
テロリストのような思想は持っていません。しかし、彼らの犯罪行為は、思想的なテロではないものの、「感情のテロ」なのかもしれません。犯罪行為によって犠牲者を出し、社会をゆすぶってまで、自分の思いを表現したかったのかもしれません。
ただ、テロリストのような思想的背景がありませんので、彼らが「後に続け」と言っても、普通は大衆は動かないわけですが。
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今回の事件も、恨みとは言え、個人的な怨恨ではありません。金目当てでもなく、男女関係の祭れでもなく、「表現としての犯罪」「劇場型犯罪」のような気がします。
2件の連続犯罪を犯し、マスコミが騒然とする中、すべての証拠品を持ち、警視庁に出頭する。まるで、やくざ映画のラストシーンのようです。
このような事件を起こす人々は、有能なはずだったのに挫折し、世の中に絶望し、最後に「一発大逆転」を狙います。それが、派手な犯罪であり、ドラマのような逮捕劇(そう、まさに逮捕「劇」)なのでしょう。
(このページを書いた時には「やくざ映画」のようだと書いたのですが、2009.3.27の報道によると、容疑者男性は、時代劇「子連れ狼 」のイメージがあったと語っています。なるほど、どこか芝居じみた感じがしたわけです。)
男性は、保健所にペットを殺されて腹が立ったと語っています。これが本当の動機かどうかはわかりません。もともと動物好きだった男性にとって、人間関係が薄くなるなかでのペットの存在はとても大きかったのかもしれません。
彼が語る動機は常識的には納得できませんが、本当であれば、その時の怒りを恨みとしてずっと持っていたことになります。
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うらみの感情は、だれかにひどい仕打ちをされて不快になった思いを、辛抱し続けた結果でてくる感情です(山野保『「うらみ」の心理―その洞察と解消のために 』創元社)。
キレるというのは、不快感に対してすぐに出てくる感情ですが、うらみはある期間の我慢から生まれる感情です。不快になってもすぐに殴り返したりはできないずに我慢しなくてはならない、そんな弱者の感情とも言えるでしょう。
うらみの元となるひどい仕打ちは、客観的に見てもひどい場合もありますし、ただ当人だけがそう思い込んでいる場合もあります。多くの犯罪者は、自分が原因を作りだしているときでさえ、周囲と上手くいかないことで社会へのうらみを持ってしまいます。
うらみの感情の元は、逆説的ですが「甘え」だとも言われています。愛してもらいたい、気持ちをわかってもらいたい、自分の都合に合わせてもらいたいといった甘えが満たされないとき、憎しみや怒りが生まれ、その感情の表現が押さえ込まれた結果、うらみの感情が出るのです。
「甘えの構造」で有名な精神分析学者土井建郎は、甘えとうらみの感情が混ざったり抑圧される中で、すねる、ひがむ、ひねくれる、被害者意識などの感情が湧いてくるとかたっいます。
恨みの感情を中心にこれらのどろどろとした感情が、長い間にさらに増幅され、ついには犯罪的行為へと爆発していくのかもしれません。
当サイト内の関連ページ恨みの心理(京都小学生殺害事件)より
犯罪を安易に社会のせいにする気はありません。しかし、社会的背景は考えなくてはいけないでしょう。
彼は高度成長社会に生まれます。電話やテレビが次々と家庭に入ってきました。学園紛争は終わり、「しらけ世代」の一人です。学生は天下国家を語らなくなり、新宿で自作の詩集を売るような人もいなくなります。
大切なのは、明るさ、陽気さ、ノリの良さになっていいく、今に続く時代の始まりがこのころでしょうか。子どものころは、テレビの「スター誕生」を見ていたでしょうか。誰もがスターになれると思い始めたころです。「根アカ」(性格が明るい)、「根クラ」(性格が暗い)、「ルンルン」(楽しい気分を表す言葉)などの言葉も生まれます。暗いことは悪いことだと、青少年たちが思い始めた時期だったでしょうか。
数学好きだった少年は、「マイコン」やロボットにも興味を持ったでしょうか。任天堂のファミコンはまだ発売されていませんが、家庭用ゲーム機が出始めます。「インベーダーゲーム」が流行ります。ワープロ(専用機)が使えるだけで尊敬された時代に、彼は大学で電子工学を学び始めます。
彼にとって興味深い商品が次々と登場します。ひとりで楽しく遊べる道具も続々と発売されます。その時代とともに、人間関係が苦手な少年たちが増えていきます。時代は、一人で遊べるおもちゃを登場させながら、同時に、人間関係が苦手な人にとっては、以前よりもずっと住みずらい世の中になっていきます。
将棋部で、数学好きの彼も(もちろんそれは少しも悪いことではないのですが)、もしかしたら「根クラ」だなとど悪口を言われたこともあったのでしょうか。
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大学は、普通に出席していれば、卒業できるものです。彼はどこかで上手くいかなかったのでしょうか。当時、理工系の知識を持っていれば、きっときちんと就職できたことでしょう。しかし、それにも失敗します。
昔であれば、中高年の男性は、それだけで尊敬される時代もありました。会社では先輩、上司として、家庭では父親として、地域でも一目置かれるところはあったでしょう。(もちろん、威張るのがよいわけではありませんが)
しかし、現代の中年男性は違います。それだけでは尊敬などされません。会社ではリストラの対象となり、家庭では粗大ゴミ扱いをされている中年男性もいるでしょう。その上、女性のようにおしゃべりを楽しんだり、友人とのつきあいもないとしたら、行き場がありません。
今、日本の中年男性は危機的状況にあります。それが、中年男性の自殺率の高さとなってあらわれ、中年男性の未成年者買春の多さや、犯罪の多さになって表れています。
以前であれば、いろいろ欠点をもっている人にも、さまざまなセイフティーネットがありました。年功序列、終身雇用の職場がありました。多くの人が中年になる前に結婚しました。地域につながりもありました。
しかし今、今回の男性のように、格差社会の中で家庭、職場、地域、すべてのセイフティーネットから落ちてしまっている人々が大勢います。これからは、もっと増えていくでしょう。
BOOKS
『格差社会―何が問題なのか (岩波新書)』:格差や社会問題の基本を学ぶ
『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)』:収入の格差よりも、最も怖いは希望を失うこと。
今回の事件に関しては、彼が犯人であるとすれば、言うまでもなく適正な処罰を受ける必要があります。しかし同時に、私たちは今回の犯罪を通して、何を学ぶべきでしょうか。
被害者が年金のプロだったということは、今のところ関係がなかったようです。しかし、私たちは社会の中の不安や不満を「犯罪」に映しこもうとします。「テロ」という報道もそうでしょう。
年金問題があり、100年に一度の金融危機中での事件発生でした。
ネットでは、秋葉原の事件の時もそうですが、犯人を讃えるような書き込みも見られます。
世の中がうまくいっている時、犯罪者はただのはみ出し者です。「悪者」です。しかし、世の中に不安と不満が渦巻いている時、犯人はヒーローになってしまうことがあります。
たとえば、子どもが通う学校で、みんなが学校や先生に満足している時には、授業妨害をする子は、「悪い子」です。でも、みんなが学校や先生に不満を持っている時には、先生に逆らい邪魔をする子は、「ヒーロー」になってしまいます。
ヒーローのあとについて、一緒に悪いことをする子が現れます。クラスの雰囲気全体が悪くなり、学級崩壊へと向かいます。
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こんなことが、私たちの社会に起きてしまっては困ります。
テロは、「心の戦争」だといわれます(佐渡龍己著『テロリズムとは何か (文春新書) 』)。テロリストが起こす不安や恐怖にに負け、社会が混乱すればテロリストの勝ちです。テロリストへの怒りに我を忘れ、国際社会から孤立してもテロリストの勝ちです。
今回の犯罪は、伝統的な意味での「テロ」ではありませんが、社会に挑戦状を突きつけいてるのは同じでしょう。
犯罪に負けないとは、犯人逮捕が大切なのは当然ですが、落ち着いて対処することだと思います。彼らのような乱暴なことをしなくても、私たちがきちんと社会を維持し続けていくことです。みんなの力で、平和で豊かな社会を一歩づつ作り上げていくことです。
中年で定職に就かず、未婚の男性。今回のことで、このような人々に対して偏見を持つ人がいるとしたら、それもまた犯罪に負けたことになります。犯人を安易にかばうことはできませんが、同じように悩んでいる人々を追い詰めてはいけません。
***
私たちは、今の社会を作ってきました。必要な改革もあったことでしょう。仕方のなに変化もあるでしょう。しかし何であれ、その新しい社会の中で、私たちは幸せに生きていく工夫が必要です。
今回の事件でも感じます。前回の秋葉原の事件では、私が事件直後に本(『誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』)を書きましたので特に思います。
悪いのは犯人です。しかし、私たちがこの社会を作りました。私たちが、今の家庭のあり方を作り、未婚者の多い社会を作り、情報社会を作り、今の、正規雇用者が少ない社会を作りました。
私は思います。
「私もまた、犯人の背中を押した一人なのかもしれない。」
社会変化の中で、努力しても報われないと人々が感じ始めると、「アノミー」状態になっていきます。人々は、ルールを犯してでも利益を得ようとしてしまいます。こんな社会はだれにとっても良いはずがありません。
社会は急激に変わりました。
規制を緩和し、正社員を減らしたことで、経済が回復した面はあるでしょう。今の社会の良いところはたくさんあります。しかし、そういう社会を作るのであれば、独身も、一人暮らしも、派遣社員も、人間関係が苦手な人も、幸せに生きていける方法と支援を考えなくてはいけなかったのではないでしょうか。
時代の変化はスピードを増そうとしています。
今が、ギリギリのところかもしれません。
そして今なら、間に合うはずです。
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アノミー【(フランス)anomie】
1 社会的規範が失われ、社会が乱れて無統制になった状態。ある社会の解体期に発生する。社会学者デュルケームが用い始めた語。2 高度に技術化・都市化した社会で、親密感が欠けることによって起こる疎外感。(ヤフー検索辞書:大辞泉)
***
元厚生次官宅連続襲撃事件の犯罪心理2:さいたま地裁死刑判決を聞いて2010.3.30
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当サイト内の関連ページ
秋葉原通り魔事件(秋葉原無差別殺傷事件)の犯罪心理学
バージニア工科大学銃乱射事件の犯罪心理学
ロンドン同時多発テロの犯罪心理
アメリカ同時多発テロの犯罪心理:心の戦争に負けないために
恨みの心理(京都小学生殺害事件)
BOOKS amazon 犯罪心理学に関する本
『「うらみ」の心理―その洞察と解消のために 』
『誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』
『テロリズムとは何か (文春新書) 』
『犯罪心理学 (図解雑学-絵と文章でわかりやすい!-) 』
『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF) 』
『犯罪心理学―行動科学のアプローチ 』
『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)』
ウェブマスターの本
『誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』(アマゾンのページ)
愛される親になるための処方箋 ・親からの愛を実感できなかった青年の行き着いた先
(★本書について:目次等内容に関する当サイトのページ)
『人間関係が上手くいく嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在に操る心理法則』(アマゾン)
上手な愛の伝え方 ・追い詰めない叱り方
(★本書について:目次等内容に関する当サイトのページ)
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2008年9月緊急発行 『誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』 |
2008年8月発行 『人間関係がうまくいく図解嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在にあやつる!心理法則 』 |
2000年 『なぜ少年は犯罪に走ったのか』 |
2001年 『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』 |
2000年 『なぜ少女は逃げなかったのか:続出する特異事件の心理学』 |
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「誰でもいいから殺したかった青年は、誰でもいいから愛してほしかったのかもしれない。」 ☆愛される親になるための処方箋 本書について(目次等) |
・ 『ブクログ』書評「〜この逆説的かつ現実的な取り上げ方が非常に面白い。」 ・追い詰めない叱り方。上手な愛の伝え方 本書について(目次等) |
bk1書評「本書は,犯罪に走った子ども達の内面に迫り,心理学的観点で綴っていること,しかも冷静に分析している点で異色であり,注目に値する。」 本書について | 「あなたは、子どもを体当たりで愛していますか?力いっぱい、抱きしめていますか?」 本書について | 「少女は逃げなかったのではなく、逃げられなかった。それでも少女は勇気と希望を失わなかった。」 本書について |
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