新潟青陵大学:碓井真史-心理学総合案内こころの散歩道/ニュース/ニアミス・飛行機事故の心理学
2001.2.3
事故の60〜80%は、人間のミスによって起る。
航空機事故の70%以上はヒューマン・エラー(人間のミス)
だが、人間を事故の原因と考えても、事故は減らない
人は誰でも間違える。しかし間違いによる事故は防げる。
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2001.1.31、日航機ジャンボジェットと、DC10が、ニアミス事故。あわやの大事故。わずか10メートルの差との報道も。管制官のミスか?
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今回の事故は、管制官の混乱や両機の問題(管制官や空中衝突防止装置の指示に従わなかった? あるいは聞こえなかった?)といったことが「複合的に絡み合い」事故につながったようです(2.2現在の航空事故調査委員会の考え)。
たいていの事故は、いくつかの不幸な出来事(偶然)がかさなって、発生します。今回は特に、機械の故障ではなく、管制官のミス(ヒューマンエラー:人間の失敗)が注目されています。
人間はミスを犯します。飛行機事故についていえば、技術の進歩により、1950年代以降、飛行機事故はずっと減少してきました。次々とハイテク技術が取り入れられています。
しかしそれにも関らず、1970年代以降、飛行機事故はあまり減っていません。その中で、機械ではなく人間の失敗(ヒューマンエラー)を重視する考えが出てきました。
人間は失敗します。いろいろな失敗をします。心理学的に分類すると、
・オミッション・エラー(実行すべき行為をしない)
・コミッション・エラー(実行したが正しく行わない)・入力エラー(聞き間違い、見間違いなど)
・媒介エラー(判断や記憶の間違いなど)
・出力エラー(言い間違い、ボタンの押し間違いなど)・スリップ(意図していないことをしてしまった失敗)
・ミステイク( 目標形成、意図自体の失敗)などに分類することができます(有斐閣『心理学辞典』)。
さて、事故の原因がヒューマンエラーだとしたら、世間はその人を責めるでしょう。しかし、繰り返しますが、人間は誰でもミスを犯すのです。その人だけに責任を押し付けても、今後の事故防止にはつながりません。
ヒューマンエラーは、「原因でなく結果であると位置づけることが重要」(有斐閣『心理学辞典』)なのです。
なぜ、そのような「結果」になってしまったのか、計器の形が悪いのか、オーバーワークだったのか、マニュアルが悪かったのか、人間関係に問題があったのかなど、様々な原因を考える必要があるのです。
人間は間違える存在だとするならば、それならば間違えない機械に全てやらせようという考えも出てくるでしょう。しかし、機械は故障する存在です。また、航空機の運行や原発などの巨大システムは、人と機械とさまざまな要因がひとつとなって動いています。
機械のミスを人間がフォローすることもあります。人間の直感力や、豊富な経験によって事故を防げることもあるのです。
人間の良さを発揮するためには、人間同士が協力しあわなければなりません。
事故と人間関係
ハイテク機の中で、人間関係という古くて新しい問題が原因となって事故が発生することもあります。
1982年の日本航空羽田沖墜落事故では、精神の異常を来していた機長が、着陸寸前に逆噴射してしまったための事故でした。機長の様子がおかしいことに、社内の人々は気づいていたようです。しかし、事故が発生するまで、適切な処置はなされませんでした。
1994年の名古屋空港中華航空機墜落事故では、着陸時に使われた最新型の自動操縦装置への不完熟と、機長、副機長間の勘違い(コミュニケーション不足?)が原因と考えられます(誤操作しやすい装置だったとの指摘もされました)。
航空機事故史上最大の事故は、2機のジャンボジェットが飛行場で衝突して起りました。JASのホームページの解説によると、事故の大きな原因のひとつが、「機関士の忠告を聞かなかった機長」だとしています。
機長と副機長を操縦シミュレーションにいれます。故障や悪天候の中、どんな機長なら飛行機を墜落させないかという実験です。
実験の結果、まず機長がきちんと指示を出すことの必要性がわかりました。ベテランである機長は、権威を持って、はっきりと指示を出さなくてはなりません。
しかし、同時にわかったことは、権威的すぎる機長も、緊急時には飛行機を墜落させてしまいということです。どんなに経験豊富で、有能な機長でも、ひとりの能力には限界があります。
人間ですから、誤りを犯すことはあります。
そんなとき、副機長の役割が重要です。しかし、機長があまりにも権威的すぎると、副機長はものが言えないのです。言っても、聞いてくれないのでは仕方ありません。
リーダーに権威は必要です。しかし、権威的すぎてはいけないのです。
第二次世界大戦まで、軍用飛行機事故の原因はパイロット個人にあり、「安全第一」を心がけさせることが大切だとされていました。しかし、後に人間工学を応用したコクピットの改良や、人的要因を重視するプログラムが開始されています。
1970年代にアメリカ国内のジェット便での死亡リスクは、200万分の1でした。それが、1990年代には800万分の1にまで下がっています。
軍用機の成功例をもとに、民間航空会社もさまざまなプログラムを開発しています。1981年、ユナイテッド国空は人間のミスによる事故を防ぐためにCRM(Crew Resource Management)プログラムを始めました。
日本の航空各社も同様の活動をしています。JASでは、1986年から取り入れ、JAS CRMを展開しています。同社のホームページにくわしいかいせつがあります(「JAC CRM 安全運行にかける男たち」)。日本航空にも1986年からCRMプログラムが開始されています。
飛行機が安全に飛ぶためには、パイロットやコクピットの中の人間だけではなく、飛行機に関る全てに人たちの力と協力が必要です。スタッフには、知識や技術が求められますが、それだけではなく、互いの人間関係を良くし、チーム全体の能力を向上させるためのトレーニングがCRMなのです。
・今回の事故では、管制官の便名の言い間違いが一つのポイントのようですが、一人がいい間違えたとき、誰かがフォローするような人間関係、あるいはシステムはなかったのでしょうか。
・事故発生後、機長と会社との不協和音が聞こえてきます。個人の権利を守ること、労働者の権利を守ることはもちろん大切ですが、人の命を預かる職場として、互いの信頼と協力体制は何よりも大切なはずです。
・今後、事故原因の究明と同時に、責任のなすりつけ合いではなく、事故の教訓を生かした改善がなされることを、期待しています。
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『機長が語るヒューマン・エラーの真実 [ソフトバンク新書] 』
:動物的本能によるエラー、パイロットの習性によるエラー、コミュニケーションの失敗によるエラー、行き過ぎたコスト削減が生み出すエラーなどを、現役機長が語る。
『機長の心理学―葬り去られてきた墜落の真実 (講談社+α文庫) 』
:事故機の機長を責めるだけでは事故は減らない。
『あの航空機事故はこうして起きた (新潮選書) 』
:生と死のはざまに機械と人間が織り成す運命の飛行機墜落ドラマ8本。
『失敗のメカニズム―忘れ物から巨大事故まで 』
『失敗の心理学―ミスをしない人間はいない (日経ビジネス人文庫) 』
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』
『ヒューマンエラー 』
『失敗学 (図解雑学) 』
『(絵でみるシリーズ) 絵でみる 失敗のしくみ (絵でみるシリーズ) 』
『組織健全化のための社会心理学―違反・事故・不祥事を防ぐ社会技術 (組織の社会技術1) (組織の社会技術) 』