心理学総合案内「こころの散歩道」/ニュース/ JR福知山線尼崎脱線事故(新潟青陵大学:碓井真史)

JR福知山線脱線事故から学ぶ
ヒューマンエラー・心の傷の心理学1

事故防止と被害者保護のために

2.こころの傷、PTSD
列車事故と心の傷・私達にできる援助
3. 事故調報告書を読んで06.12.20
ヒューマンエラー再考:エラーを犯したその後で


ヒューマンファクター・日勤教育・罰の効果・不安全行動・安全文化・PTSD・被害者支援

2005.5.9

 2005年4月25日、JR西日本宝塚線(福知山線)尼崎で脱線事故発生。107名の死者、555名の負傷者がでる、JR民営化後最悪の事故となった。
 事故の直接の原因は、カーブでのスピード超過と緊急ブレーキと考えられている(車体の構造上の問題を指摘する声もある)。(後日、緊急ブレーキ事故原因説は否定されている)
 事故の直前の駅で、運転士は大きなオーバーランをしている。それ以前の駅でも、オーバーラン、緊急ブレーキを繰り返すなど、不自然な運転をしていたことが判明している。
今大切なことは、被害者の保護。そして、同様事故の防止だろう。


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 1.ヒューマンエラー
(ヒューマンファクター、人為的要因)

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悪いのは運転士か

 福知山線脱線事故の直接の原因は、運転士の運転ミスだと考えられています。では、悪いのは運転士でしょうか。もちろん、一般的に運転をする者が自分のミスで事故を起こせば、法的責任を問われるのは当然です。
 しかし、運転士個人だけに責任を負わせても、事故は減らないでしょう。
彼がどんな心理状況で、なぜ運転を誤ったのかを、考えなくてはなりません。

ヒューマンエラーとは

 今回の福知山線脱線事故のような人間が犯した失敗を、「ヒューマンエラー」といいます。人間の見まちがいや操作のミス、判断ミスで、意図しなかった結果が起きてしまったような場合です。
 ヒューマンエラーによる事故は、人災とも言えるわけです。しかし、それでは失敗した当人を事故の原因として、責任を負わせるべきなのかというと、そうではなく「ヒューマンエラー」の考え方は、むしろ正反対です。
個人の責任だけを追求し、もっと気をつけろ、集中しろ、がんばれと、叱咤激励するだけでは、事故は減りません。人間は、どんなに優秀な人が、どんなに気をつけていても、ミスを犯すものです。では、その前提に立って、どうしたら失敗を防げるか、事故を防止できるのかと考えるのが、「ヒューマンエラー」の考え方です。

人間のミスは「原因」ではなく「結果」

 人間の犯した失敗を事故の原因として考えるのではなく、むしろ、様々な要因の「結果」として考え、どんなことがらが人間のミスを導いたのかを考えましょう。
見間違いをしたのは、メーターの形が見にくかったのではないか。ボタンを押し間違えたのは、ボタンの形や場所が悪かったのではないか。このように考えて、人間工学的な研究を重ね、間違いの起こりにくいデザインができていきます。
また、運転者に過剰な仕事をさせていなかったか、緊張を強いていなかったか、やる気をそぐようなことはなかったかなど、心理的、社会的な問題が浮かび上がってくるかもしれません。

ハードとソフトの整備

 列車事故に関しても、新型のATSをとりつけるなど、ハード面の整備が必要でしょう。よく訓練されたプロフェッショナルが、簡単に運転ミスなどするわけがありません。しかし同時に、どんなに万全を期しても、失敗してしまうのが人間です。それを、機械がカバーしようというわけです。
それでも、どんなに最新型の装置を入れても、事故はおきます。ハイテク飛行機、原発、宇宙開発、最先端医療現場などで、人間関係のまずさから、事故は発生します。
名古屋空港で墜落したハイテク旅客機事故では、自動操縦と手動操縦の切り替えミスが原因でしたが、機長と副操縦士がもっとスムーズなコミュニケーションをとっていたら、防げていた事故でした。
航空機史上最大の事故は、陸上(飛行場)での、ジャンボジェット同士の衝突事故です。これも、聞き間違い、思い込み、コミュニケーションのすれ違いが重なった末の事故です。また、片方の飛行機の機関士からの言葉を機長が素直に聞いていれば、防げていたかもしれない事故でした。
同僚との良い人間関係、風通しの良い組織の雰囲気などが、ヒューマンエラーを防止するために必要です。
当サイト内の関連ページ
ヒューマンンエラー・飛行機事故の心理学
:飛行機事故の70%はヒューマンエラーで起きる。

「日勤教育」(運転士の再教育)・罰の効果

 今回の福知山線脱線事故事故報道では、JR西日本の運転士再教育である「日勤教育」も問題視されています。再教育とは名ばかりの、懲罰的な内容だったのではないかと言われています。今回の運転士も、日勤教育を受け、さらに今度ミスを犯せば、運転士を止めさせられるのではないかとも考えていたようです。
さて、間違いを正すために、罰を与える、制裁を加えることは、もちろん必要です。罰が効果的にはたらくことも、もちろんあるでしょう。しかし、罰は「何をしてはいけないか」は教えても、では「何をしたら良いか」は教えてくれません。
また、罰には様々な「副作用」も考えられます。
罰を加えられて、深く反省し、考え方や行動が改善されれば一番良いのですが、罰を与えられて、罰を逃れることを第一に考えるようになると、問題が生まれます。
罰を与えられることで、人間関係が悪化することもありますし、必要以上の緊張感、不安感、焦燥感が、高まることもあります。
 運転士は、数十メートルという大きなオーバーランをしてしまいました。彼は車掌に懇願し、ごまかそうとして、ウソの報告をしました。電車は、1分半遅れます。本来は、「安全」こそ第一に考えなければならないところ、彼は罰を避けることを第一に考えてしまったのでしょうか。電車は制限速度を大きく越えたまま、カーブに入ってしまいました。
もちろん、多くの運転士がこの日勤教育を受け、運転業務に戻っています。安易に事故を起こした運転士をかばうことはできません。しかし、事故防止のためには、責任を個人に負わせるだけではなく、職場内教育のあり方を考えることも、必要でしょう。
当サイト内の関連ページ
報酬と罰の効果、ほめ方叱り方の基礎心理
報酬と罰の効果2(叱ること、罰の問題点)

規則違反と不安全行動

 列車の遅れをとりもどすために、直線で制限速度の範囲内で速度を上げることは、普通のことなのでしょう。
しかし、今回の福知山線脱線事故では、制限速度を越えるという規則違反が行われていました。運転ミスによるとも考えられますが、意図的に制限速度を越えたとも考えられます。
(後日の調査によれば、直線部分の速度は速かったが規則の範囲内だったことが判明している。カーブ部分では明らかにスピード超過違反。)
みんながしているから、しかたないから、このくらいなら大丈夫だろうと考えて、安全を脅かすような行動をとることを、「不安全行動」といいます。不安全行動は、ミスや失敗ではなく、意図的な行動です。
アクション映画の主人公は、いつもこんなことをしているかもしれません。映画では、危機一髪のところでいつも上手くいくわけですが、現実は違います。

ルール違反が起きる訳

 安全が脅かされるにもかかわらず、意図的なルール違反が行われるのは、次のような理由が考えられます。
・ルールに同意できない、意味がないと感じる。
・ルールを守るデメリットが大きい。ルール違反の結果得られるメリットが大きい。
・みんなが平気でルール違反をしている。
・違反しても罰を受けないか罰が小さい。
・ルール違反が習慣化している。
・ルール違反をしても危険は少ないと感じている。
車が通っていない道でも歩行者が信号を守るのは、日本とドイツだけだなどという人もいますが、自動車のスピード違反などは、上記の項目が当てはまる代表でしょう。先日の東武線竹ノ塚駅踏切での事故も、毎日行われていた規則違反の中での事故でした。
今回の事故ではどうだったのでしょうか。駅着が1分以上遅れた場合には、本部へ連絡しなくてはなりませんでした。列車の運行上、事故にならなかった制限速度違反には、どの程度の罰が与えられるのでしょうか。

安全文化

 「安全文化」とは安全性の問題が、すべてに優先するものとして、みんなが考え、行動することです。仮に罰がなかったとしても、みんなが安全第一と感じることです。私たちが安心して暮らすためには、機械の安全性と、人間社会の安全文化が必要です。
民間企業が利益を追求することは当然ですし、交通機関が時間を守ろうとすることも、当然です。特に列車は一つの遅れが全体に影響しますので、他の交通機関以上に、時間厳守の意識が働くでしょう。
しかし、それでもなお、安全がすべてに優先すると「みんなが」考えることが必要です。JRが安全第一と考えていなかったとは思えませんが、民営化され、私鉄との競合の中で、JR西日本が忘れかけていた部分が、あるのかもしれません。
さて、JR西日本の安全文化を育むためには、乗客の、そして国民全体の協力が必要でしょう。
列車の1分の遅れを問題視するのは、JRでしょうか。乗客でしょうか。日ごろから遅れに対して激しいクレームが付けられる路線と、乗客が静かに待つ路線とでは、JR職員や幹部の発想も変わってくるのでしょうか。

報告・学習・正義・柔軟性

 安全を守れる組織に不可欠なのは、小さなことでも「報告」する、失敗から「学習」することができる、不正をゆるさず責任の所在をはっきりさせる「正義」感を持っている、そして臨機応変な「柔軟性」を持っていることです。
小さないくつもの事故が何度もおきている環境の中で、大きな事故は発生します。小さなミスを互いに責め合って、隠すのではなく、「ひやり」「はっと」した体験を積極的に報告しあえる雰囲気が大切です。その失敗の結果、誰かに責任を取らせて終わるのではなく、組織全体がしっかりと学べることが大切です。
JR西日本は、今回の福知山線脱線の大事故から何を学ぶのでしょうか。
私達日本人は、何を学ぶのでしょうか。
多くの尊い犠牲者の死を無駄にしないために。
(日本集団災害医学会では、今回の事故に際し、病院搬送後に負傷者が死亡したケースで「避けられた死」もあったのではないかと、今後のシステム改善のための調査をはじめました。)

これからのために

 福知山線脱線事故の被害者やご遺族の方々が、JRを激しく責め立てるのは、当然のことです。しかし、社会全体がそのようなことをするだけでは、これからの事故防止にはつながらないでしょう。
 もちろん、追求すべき責任は追求すべきです。反省が足りなければ、責め立てることも必要かもしれません。猛省をうながしましょう。
しかし、運転士であれ、社長であれ、あるいは一つの組織であれ、それを極悪人、無能と決め付けるだけでは問題は解決しません。
 JRは、世界でも、もっとも安全確実に乗客を運んできた組織の一つでしょう。一般的に、何かミスが生じたときに、あの人、あの組織が特別悪かったのだと、自分とは無関係に考えるだけでは、気持ちはすっきりするかもしれませんが、事態の改善にはなりません。
 安全第一だと声高に叫んでも、現実問題として、所要時間が倍になり、料金が倍になっても良いと言う人は、少数でしょう。沿線の住民や商店街からも、すでに早期開通の声があがり始めています。
 人はミスを犯します。かつてはどんなに良い組織であっても、ゆがみが生じることはあります。つぶしてしまっても良い組織ではないとしたら、再構築に協力しましょう。
人間であるのならば、逃れらない問題があります。すべての組織が持つ問題もあるでしょう。現代の交通関連企業が共通して持つ問題もあるでしょう。そのなかで、JR西日本が独自に抱えている諸問題もあるでしょう。
大きな事故後に、人々から厳しい冷たい目で見られることは、当然のことだと思います。そこから反省と改善が生まれれば、よいと思います。
ただ、JR西日本は、いま組織として危機的状況に陥っているといるといえるでしょう。もちろんつぶれることはありませんが、まじめな社員ほど、自信を無くし、不安を覚えているかもしれません。
運転席にいて、乗客から「人殺し!」といわれた運転士もいます。運転席の後ろから、にらみつづけられ、緊張して運転操作がスムーズに行かなくなったと話す運転士もいます。
事故後初めての入社試験(5/8)では、受験生の25%が受験辞退しました(辞退理由は未確認)。
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 事故防止のためには、適度な緊張感が必要です。まじめさが必要です。しかし、緊張のし過ぎは、かえって事故を増やします。まじめすぎることが、事故を生むこともあります(列車でも自動車でも、遅れなど気にしなければ、無理なスピードはだしません)。
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自信過剰は事故を生みますが、自信喪失も事故の要因となるでしょう。
 かつての「国鉄マン」という言葉からは、自分達が乗客の安全運行を支えているというほとばしるような自信と責任感を感じます。
民営化JRとなり、経費の削減、接客マナーの向上など、多くの点ですばらしい改善が見られました。もう一度、原点である「安全」の向上に、JRの力が発揮できるように、私達も協力していきたいと思うのです。
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最悪の事故の心理学:福島原発事故から考える


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ヒューマンエラー
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