「心の散歩道」(心理学総合案内)/「心療内科医・涼子」から学ぶ心理学/ 9
第9回 97.12.8
「帰ってきてほしかったのよ」
「憎くても、好きだから。」「捨てられても、好きだから」
「お母さんに、会いたい!」
ゲスト・クライエント:手塚理美
心の問題:母子関係・死・恨み・赦し・痙性斜頸(けいせいしゃけい)
ターミナルケア・痛みの心理(ペインコントロール)・痙性斜頸
あらすじ
末期ガンで、 痛み止めのモルヒネも効かず、痛みに苦しんでいる女性、寺崎満江(谷口香)(65歳)がいた。心療内科では、昔捨てた娘への心の痛みが原因と考える。満江は、「ゆるして、ゆるして」と、娘の名を呼ぶ。それは、大物女優の「仙石カナコ」の名だった。娘とよく似ているらしい。
涼子(室井滋)と医局長の杉本(寺脇康文)は、仙石カナコ(手塚理美)に、会ってあげてくれないかと依頼に行く。しかし、カナコは、即座に拒否する。娘を捨てた満江に対して、なぜかとても冷たい態度だ。そして、今は初めての母親役を演じる舞台劇の準備に忙しいという。しかし、カナコの首の様子がおかしい、少し傾いている。
数日後、首の治療のためにカナコが心療内科に入院してきた。「痙性斜頸」(けいせいしゃけい)という心身症の一種であった。カナコは、5年生の時に母に捨てられたと告げた。
涼子は、カナコと満江の二人のために「演劇療法」を提案する。カナコが 満江の娘の役を演じるのだ。役を演じることによって、自分を見つめ、心の思いを口に出せるかもしれない。しかし、カナコには上手くいかなかった。
そんなとき、カナコは、「仙石カナコ、主役降板」の新聞記事を見る。激しく怒り、取り乱すカナコ。しかし、絶対に復帰してやると、治療意欲もわくのだった。もう一度、演劇療法に挑戦するのだ。
カナコは、満江の娘となり、病室に入る。お母さんを赦すという演技をする。しかし,心は通じない。カナコも演技を続けることができない。だが、涼子に励まされて、カナコは、もう一度、本心で満江に向かっていく。
「私を捨てた女を赦せるわけないじゃないの」「あなたを憎んだわ」「何で抱いてくれないんだって」「帰ってきてほしかったのよ!」「憎くても、好きだから」「捨てられても、好きだから」「お母さんに、会いたい!」「お母さん!」
本当の親子ではないと分かっている二人だが、涙を流し、しっかりと抱きしめ合う二人だった。この出来事で、満江の痛みもやわらぎ、カナコの首も治っていくのだった。
この場面・このセリフ
ガン告知を進めている医師の中には、告知が悪い影響を与えたことはないと言っている人もいます。もちろん、反対している人もいます。告知と言っても、たとえば、「あと3ヶ月の命」と、全部告げてしまうとは限らず、ガンであり、治療は困難だが、何とかがんばりましょうなどと告げる場合もあるようです。
ガンに限らず、もう歩けるようにはならないとか、もう目が見えるようにはならないといった告知のやり方も、医療現場では大きなテーマのようです。
毎度のことながら、白衣を脱ぎ、病院の外に出る涼子です。
このドラマに関するメールがいくつか来ています。「心療内科医はそんなことしない。誤解を招く」というメールや、「積極的にクライエントのもとに行く涼子は、ケースワーカーのようだ」と言うご意見、「たしかに普通はしないだろうが、医師だって、もし自分の親友のことだったら、こんなこともするのではないか」などなど。
病院外の出ることだけではありませんが、実際の心療内科とこのドラマについて、みなさんはどう思われますか。 メールはこちら
本当はさみしくても、そんなこと簡単に他人には言えません。むしろ、さみしいときに限って、「さみしくない」と言ってしまうものです。
感情を表現することによって、心身症などの症状がやわらぐのは、何回も出てきましたね。
心はいつも叫んでいるのに、言葉や態度で表現できない。自分自身ですらわからなくなってしまうほどに、心の奥底に押しつぶしてしう。でも、どんなに押しつぶしても、なくなりはしない。その叫びが、形を変えて、様々な症状として現れてくるのです。
カナコは、母親への恨みをエネルギーとしてやってきました。「恨み」が、生きる活力になることもあるのでしょうか。そして、それで良いのでしょうか。私は、良くないと思います。その「恨み」の力がその人自身を傷つけてしまうような気がするからです。
でも、少なくとも一時的には、恨みがエネルギーになって生きている人はいるようです。ある老人の事例です。子供に捨てられたその人は、いくら勧められても、福祉施設に入らず、暖房も満足にない部屋で毛布にくるまって一人暮らしをしています。子供への恨みに燃えて、一人でがんばっているのです。私はそれが望ましいとは思えないのですが、このご老人に関わっている方に言わせると、もし恨みを捨てて安楽な生活を始めたりしたら、この人は生きがいを失い、力をなくしてしまうだろうということでした。
落ち込んでいた涼子が、山盛りのご飯をもりもり食べて、「暴走特急」の元気を取り戻します。さて、心の元気がないとき、それは心の傷や不安や、いろいろなことがあるでしょう。でも、それと同時に、私たちの心と身体は密接につながっています。
おいしくて栄養のあるものをたくさん食べて、ゆっくり寝て休養をとる。そんなことがとても大切なときもあります。死を考えている人にとっては、優しい言葉と同様に、一皿の温かいスープがとても効果的なときもあるのです。
通常の治療の枠から外れた行動や、規則破りの行動など、いつもながらの涼子の暴走特急ぶりに対する言葉です。こういう涼子だからこそ魅力的なのでしょうし、また、実際の患者さんや医師の方からの広義も出るのでしょう。 メールはこちら
先日、ビデオで『マイ・ライフ [DVD] 』を見ました。オススメです。
ガンで死の近づいた主人公が、まだ見ぬ我が子へのビデオレターを作りながら、父親との葛藤を解決し、輝くような死を迎えます。普段は心の奥底に秘めている、怒り、いらだち、不安などが、死を前にして、その人を苦しめるのでしょうか。自分の心の中を整えることこそが、死の準備なのでしょうか。仕事の関係で、市内のケアハウス(軽費老人施設の一種)に行ったときに聞いた話です。一人のクリスチャン女性が亡くなり、そこで葬儀をしたのですが、その死にざまがあまりにもすばらしく、多くの参列者に感動を与えたそうです。
私の妹の同級生だった小学生の女の子の話です。脳腫瘍で、何度も手術を受け、後はもう死を待つだけでした。周りの大人達は、本人に何を話したらよいかわからないという状況でした。そこに、本人が通っていたキリスト教会の牧師が見舞いに現れ、「Aちゃん。大丈夫だよ。天国でイエス様が待っているからね。」と語りました。子供に対してはっきりと死の話をするなど、他の大人達は驚いていたのですが、本人は、静かにほほえんで、こっくりとうなずいていました。
女の子は亡くなり、告別式の後、、火葬場に運ばれました。同じ火葬場の中でも、料金によって火葬する場所が違うのですが、このときは安いところを使用することになっていました。今まさに火葬にされようとしたそのとき、葬儀屋さんが、「ちょっと待った!」と棺を止めました。葬儀屋さんも涙を流し、こんなに胸に迫る感動的な葬儀はないと言って、ここでは火葬にできないと、一番料金の高いりっぱな場所に移動させ、火葬にしたのでした。
人はみな死にます。死が敗北なら、人の人生はみんな敗北です。しかし、そうではなくて、死の瞬間まで、どう生きてきたかが大切なのでしょう。それが、本人にとってすばらしい死を迎えることになり、また残された者達に、寂しさだけではなく、勇気や感動を与えるのだと思います。
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「おくりびと」「つみきのいえ」アカデミー賞から思う 命と死と人生の心理学
死期を迎えた患者さんに接するターミナルケアを説明するセリフです。ただ、生物として生きているだけではなく、人として意味ある生き方が大切なのだと思います。ターミナルケアに関わっているある方がおっしゃっていました。「最期の日まで、毎日、何か新しいことを学び、新しいことが体験できるようにと、考えています。」
ガンは恐い病気だと思います。でも、ある方が書いていました(確かお医者さんだと思ったのですが、何で読んだか忘れました)。あと、何カ月の命と分かってしまうのは辛いことだが、しかし死の準備をすることができる。ガンで死ぬのは、そんなに悪い死に方じゃない。
(私も母をガンで亡くしました。その時の話も→「おくりびと」「つみきのいえ」アカデミー賞から思う 命と死と人生の心理学)
自分を捨てた母親。簡単に赦せるというのはうそ。でも、さみしくないと言うのもうそ。憎い、どうして私を捨てたの。でも大好きだ。戻ってきてほしかった。かあさんに会いたい。これが本心です。本当の自分の気持ちに気づき、表現できたときに、心の病は快方に向かいます。
実際に痙性斜頸(けいせいしゃけい)で病院を訪れた場合について、一つの事例をもとに考えてみましょう(「心療内科入門」金子書房 より)。
レントゲン、血液、尿検査などが行われ、その結果異常はなく、整形外科的な治療も効果がなく、その他の異常も認められないとすると、心因が疑われ、心療内科へまわされます。
心療内科では、一般的なカウンセリングなどを行い、生育歴などを調べます。いくつかの性格テストや、うつの程度をはかるテストを行います。さらに専門的な心理療法や、向精神薬を用いた薬物療法、身体の緊張をとるためのバイオフィードバック法等が行われます。その結果、一ヶ月後には、症状が軽減し、三ヶ月後にはかなり良くなり、六ヶ月後に職場復帰しました。ドラマの中でもこういうふうに進めば、各方面からのクレームもないのでしょうが、ドラマではなくて医療用教育ビデオになってしまうような気もします。しかし、ドラマだからといってどんな表現も許されるわけではないでしょう。みなさまからのご意見をお持ちしています。 メールはこちら
ドラマにちょっと一言
仙石カナコ(手塚理美)が、寺崎満江(谷口香)に向かって、母親への本当の感情をあらわにするるシーン。圧巻でしたねえ。このドラマを見るときは、ホームページ作成のために、メモを取りながら見ているのですが、このシーンでは、画面から目を離せませんでした。このシーンを見るだけでも、今回の放送を見た価値がありました。
(逆にいうと、他にはこれといった見どころがなかったとも言えるかな。でも、私は学生によくこう言います。「一冊の本を読んで、その中で一カ所でも、あなたの心に響くところがあれば、その読書は大成功です。」)
子を捨てた母、母に捨てられた子が、話の中心なのに、母に捨てられた涼子先生自身がその問題をどう乗り越えたのか、全然わかりません。これは不満。でも、来週の予告編を見ると見ると、来週はこの話題が出るようです。
いよいよ来週は最終回。様々な問題、話題が、見事にまとまり、鮮やかなドラマの幕切れを迎えることができるか!!! 来週を楽しみに、みんなで見ましょう。
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当サイト内の関連ページ
親子関係の心理:傷ついているあなたのために
ドラマは来週で終わりですが、このホームページ「こころの散歩道」では、心の問題を考え続けていきます。ぜひトップページをあなたのブックマーク(お気に入り)に!
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心療内科医・涼子 NO.10(最終回) 子供を投げる母
BOOK:『心療内科医 涼子』(ドラマから生まれた小説)
DVD:『心療内科医・涼子』DVD 1〜4(全話収録)
MUSIC:『心療内科医・涼子』の曲 (主題歌など)
☆ ネ ッ ト で D V D レ ン タ ル ! ☆ T S U T A Y A D I S C A S ☆
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