新潟青陵大学大学院(碓井真史) /心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座) /犯罪心理学/自白と冤罪の心理学
逮捕され取り調べを受けている人は、すさまじい苦しみの中にあります。刑務所で刑罰を受けるのは先の話であり、今現在の苦しみから逃れるためには、嘘でも自白をすれば良いと思ってしまうのです。
私たちは、遠い先の報酬や罰よりも、目の前のことに左右されてしまうのです。それは、特別に弱い人だけの話ではありません。
甘いケーキを食べれば、今すぐおいしさと満腹感という幸福を手に入れられます。一方ダイエットの効果が表れるのは、ずっと先です。だから、ダイエットは失敗し、多くの人はケーキを食べてしまうのです。
報道によれば、菅谷さんはこう語っています。
「日は暮れ、心細くなって、このまま家に帰れないかもしれないと思うようになった」
「今から考えると自分でも分からないが、話をしないと、調べが前に進まない。早く終わらせたかったんだと思う」
いつまでも自白しないと、家に帰れず、裁判官の心証を悪くし、さらに重い刑罰を受けることになると脅され(時にはだまされ)、反省を示し自白をしろと責められます。
実際に事実無根でもチカンの疑いをかけられたら、下手に逆らって裁判などにせず、嘘でもすなおに罪を認めてしまったほうが簡単だとアドバイスる人もいます。
交通違反の疑いをかけられ、絶対に自分は違反していないと確信していても、裁判などになってしまえばかなりの不利益をこうむるでしょう。実際には違反していない時でも、違反を認めてしまうこともあるでしょう。
もちろん、無期懲役や死刑の可能性がある事件で、無実なのに自白してしまうことは不合理ですけれども、心身ともに追い詰められ冷静さを失ってしまえば、偽りの自白もしてしまうのです。
無実の人は、自分が刑罰をうけることに現実味がありません。きっと真実は明らかにされると思います。そのために、様々な条件が重なると、今だけとりあえず言うとおりに自白してしまうと思ってしまうこともあるのです。
逮捕され、個室に監禁され、新聞もテレビも見ることができず、人と自由に話すこともできない、そんな状況では、被暗示性(暗示のかかりやすさ)が高まります。
心理学の研究によれば、極端に情報(外からの刺激)が制限された「感覚遮断」状況では、誰もが簡単に暗示にかかってしまうことが示されています。
たとえば、お前が捨てたたばこの火によって火事が起きたと責められているうちに、本当はタバコを吸っていないのに、タバコをすったのだと自分でも思い込んでしまい、自白してしまうこともあります(実際に起きた冤罪事件です)。
また、極端な環境で真実とは違うことを信じ込ませてしまうのは、洗脳やマインドコントロールの手法とも似ています。
警察は、彼を真犯人だと確信しています。正義をまっとうするためには、何とか物証をさがし、あるいは自白させなければなりません。それが正しい行動であることも多いでしょう。しかし、その確信(時に盲信)が、冤罪(えん罪)を生みます。
捜査官向けのある本の中には、「頑強に否認する被疑者に対し「もしかすると白かもしれない」との疑念をもって取り調べてはいけない」と記述しているものもあるほどです。
刑事ドラマであれば、主人公の刑事がこうして活躍して犯人を逮捕し自白に追い込むわけですけれども、実際には冤罪の可能性も出てきてしまいます。
取調官は決してでっち上げようとはしていなくても、確信してしまえば、多少不利なことがあっても彼が犯人に見えてしまいます。(社会心理学的には認知的不協和理論などによって説明されます。)
そうして、被疑者に嘘をおしつけるのではないのですが、結果的に二人で嘘の自白を作り上げてしまうのです。
「こうだろう」「こうじゃないか」「そうしたんだろう」といわれながら、被疑者も何とかつじつまの合う話を作り上げます。
間違いや矛盾があれば、犯人だと確信し様々な情報を持っている取調官が「思い違いじゃないか」などと訂正し、嘘の自白が出来上がるわけです。
報道によれば、菅谷さんは、「「何か(話を)作らないと前に進まない」と、報道された内容に想像を交えて、犯行状況を話した」ということです。
自白は証拠の王様とされ、有罪を示すものです。でも、作られた嘘の自白であるならば、逆に無実を示すこともあります(『自白が無実を証明する』
警察も事件の全てを知っているわけではありません。容疑者も、事件に関する多少の知識はあっても真実はしりません。そうして作り上げらた「自白」が、裁判が始まりさらに綿密な状況が判明していったときに、矛盾が見えることがあります。
真犯人なら、そんなおかしな「自白」をするわけがない。だとすると、この人は無罪だと推測できるわけです。ただし、そう簡単には裁判官を説得することはできないでしょうが。
今回の足利事件のような冤罪事件が起これば、世間は無実の罪で苦しんでいた人に同情し、警察を責めるでしょう。
しかしその同じ世間の人々が、あるときには犯罪者に対して子どもだろうと精神障害者だろうとどんな事情があるとしても、そんな悪い奴はすぐにでも極刑にしろと熱く語ったりします。
DNAという物証があり、自白もあった足利事件の裁判で、あのときに、「いや現在のDNA鑑定は完ぺきではない」とか「無実の人も自白することはある」といった意見を、どの程度冷静に聞くことができたでしょうか。
たしかに、犯人を逮捕し正しく裁くことは被害者にとっても社会にとっても大切です。しかしそれでもなお、私たちは「疑わしきは罰せず」と言い続けなければなりません
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