新潟青陵大学:碓井真史-こころの散歩道/ニュース災害心理学/歌舞伎町ビル火災

歌舞伎町ビル火災から考える
命を守るための災害心理学


このページがヤフージャパンのニューストピックスで紹介されました
2001.9.3、9.5〜

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東日本大震災の災害心理学
・10.29、新宿歌歌舞伎町の雑居ビルで、また火災発生。2名の方がなくなってしまいました。
 9月1日防災の日、大きな火災事故が起きてしまいました。新宿歌舞伎町の雑居ビル火災。44名もの犠牲者が出ました。放火の可能性もあるようです。

 さて、犠牲者のご冥福を祈るとともに、貴重な犠牲を無駄にしないためにも、このような被害を防ぐ方法を考えなくてはなりません。

パニック

 災害に直面したとき、一瞬にして死亡してしまうとすれば、当事者にとって心理学の知識など役に立ちません。しかし、多くの災害には、わずかでも時間があります。たとえば地震発生時には、最初の数分間に適切な行動をとることが命を守るためにとても重要です。

 火災の場合には、小さな火の場合には消火を試みますが、火が天井に回っているような場合には素人の手におえません。今回の火災のようなビル火災で、火元もわからず、煙が充満してくるような場合にはなおさらです。逃げなくてはなりません。

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 ネズミを使った実験です。一匹のネズミをカゴに入れて下から火をつけます。ネズミは必死になって逃げ場を探し、カゴのすみにある小さな穴から逃げることができました。ところが、ここにたくさんのネズミを入れておくと、われ先に逃げようとするネズミたちが互いにぶつかり合い、じゃまをしあい、けっきょくすべてのネズミが死んでしまいました。

 人間の場合も、冷静にさえなれば助かった命が、パニック状態の中で失われてしまうことがあります。特に今回のように狭い場所に多くの人がいればパニックは起きやすくなります。

○人は緊急時には愚かになる。

 災害発生のような緊急時には、人はみな「愚か」になってしまいます。複雑なことや、わかりにくいことはできなくなってしまいます。だから、災害発生時には、できるだけ単純な行動で対処できるように、普段から準備をしなくてはなりません。

 「火事だ、逃げよう」と思ったとき、人はいつも自分が使っている通路に向かいます。いつもの階段、いつものエレベーターです。そこが、止まっていたり、今回の火災のように煙の煙突になってしまっていて使えないとなると、とっさに別の道を考えることができなくなります。

 避難口や非常階段の場所を普段から意識していれば良いのですが、なかなかそうはいきません。そこで、避難口を示す掲示をとても大きくしたり、はっきりしたわかりやすい誘導が必要です。誘導するひとも、とっさにそんなことはできませんから、普段からの訓練が必要です。

 災害時には複雑なことはできませんから、訓練も単純な訓練になりますが、ばかにしてはいけません。単純なことを繰り返し、繰り返し訓練しておいて、初めて実践で役に立つのです。

 飛行機では、緊急時には、通路の床に小さなランプがついて、脱出口をわかりやすく示すようになっています。搭乗員が日ごろから訓練を繰り返しているのも言うまでもありません。

 今回の火災では、従業員が窓から脱出しています。客にとってはまったく意識に上らなかった「窓」という脱出口が、いつも店にいる従業員の心にはとっさに浮かんだのかもしれません。

○リーダーシップとルール


 パニックを防ぎ、命を守るために、リーダーが必要です。適切な情報を訴え、誘導し、ルールを設定する人です。災害発生に人々が気づいたとき、一瞬、身も心も凍りついたようになるでしょう。このとき誰かが悲鳴をあげたり、やみくもに走りだしたりすると、パニックがおきてしまいます。

 そうではなくて、そのときに、だれかが立ちあがり、はっきりと強くリーダーシップを発揮すれば、パニックを防ぎ、脱出することも可能です。

 災害やパニックを扱った映画では、主人公がかっこよくリーダーを演じます。かっこうはともかく、リーダーの存在がみんなの命を助けることはたしかにあるでしょう。

 映画の中で、人々が避難するとき、「女と子どもが先だ」とよく言っています。この価値観が正しいかどうかは別としても、パニックになりそうなときに、ルールの存在はとても大切です。早い者勝ちではなくて、ルールが存在していることが、結局はみんなの命を救うことにもなるのです。

○自分の命を得ようとするものは……


 パニックは集団のパニックだけではなく、個人の心の中にも起きます。慌ててしまい、訳がわからなくなってしまいます。火災現場では、引けば開く扉を一生懸命押して開けようとしながら、命絶えてしまう人もいるのです。

 冷静になるためのとてもよい方法の一つは、人のことを考えることです。スチュワーデスや従業員が冷静に避難誘導できるのは、普段の訓練もありますが、お客さんの命を助けなくてはならないと思えるからです。

 私たちも、自分の命のことだけではなくて、たとえば、私のかわいい子どもを守らなくてはとか、足の悪いおばあちゃんをたすけなくてはと思えると、不思議に冷静になれるのです。力任せにどんなに押しても開かないドアの前で、引くということを思いつけるのです。

パニックの心理学(こころの散歩道)

○まとめ


 災害の犠牲者を防ぐためには、非常階段の設置や防火装置の充実など、物理的な方法が大切なのはもちろんです。どんなにすばらしい心の持ち主でも、どうしようもない災害もあります。しかし、どんなにりっぱな装置やきちんとした法律があっても、管理者に防災の心がなければ、被害を未然に防ぐことはできないでしょう。

 災害にであったとき、豊富な知識やすぐれた体力があなたを救ってくれるかもしれません。しかし、そのためには、冷静さと心の強さが必要です。心の強さとは、痛みや苦しみに耐えるということだけではなく、他の人のことも思いやるという心の強さです。私たちは、ただ火におびえるだけのネズミではないのですから。

(今回の事故でも、おそらく火と煙に巻かれながらも、人を思いやり他人を助けようとした人もいたことでしょう。ただ今回は、ビルの防災上の問題が大きすぎたことが残念でなりません。)
参考文献:安倍北男『パニックの心理―群集の恐怖と狂気 』講談社現代新書

○補足:放火の心理


 今回の火災の原因は、現在調査中ですが、放火の可能性も出てきています。

 火災の原因の第一位は、放火です。火災全体の4件に1件が放火によるものです。動機は様々で、盗みや殺人などの犯行を隠す目的や、恨み、復讐、保険金詐欺、自殺などいろいろなケースがあります。犯人の供述によれば、明確な目的がなく、「ムシャクシャしていてつい」と語る場合もあります。近年は、不景気の影響で、会社への不満やリストラされての不満などをあげる犯人もいます。

 放火を繰り返す人の中には、「放火症」ともいえる広い意味での心の病の人もいます。普段は普通に生活しているのですが、放火のスリルや、家が燃えている様子、その後の騒ぎなどを快感と感じてしまう人々です。たの犯行目的を述べる人の中にも、火を見るとすっきりするといった感覚を持っている人たちがいます。

 放火犯罪は、力が弱くてもできますし、経済力がなくても、特別な知識がなくてもできてしまいます。刃物を使った殺人のように、被害者と直接対面するわけでもありません。そういう意味では、放火は敷居の低い犯罪かもしれません。軽い気持ちで、遊び半分に放火する人もいます。しかし、実際には放火は殺人に並ぶ大罪です(注1)。大きな被害がでる可能性も大きいのです。

 もしも、今回の火災の原因が放火であるならば、火災の被害は防火設備の不備とともに、犯人の心の闇がもたらしたものと言えるでしょう。

(注1)実は最初の原稿では「放火は殺人に次ぐ大罪」としてありましたが、読者の方からいただいたご指摘のメールによって、上記のように書き換えました。刑法上、殺人は、「死刑又は無期若しくは三年以上の懲役」です。放火は、人のすんでいない建物に対する放火であれば、「二年以上の有期懲役」、それが自分の持ち物であれば「六月以上七年以下の懲役」ですが、人が住んでいる(使っている)建物の場合は、「死刑又は無期若しくは五年以上の懲役」と定められています。

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