心理学総合案内「こころの散歩道」心のニュースセンターソルトレークオリンピック/里谷多英


里谷多英選手の銅メダルで学ぶ
依存と自立の心理学

「お父さん、手伝わなくていいから、見ていてね。」


2002.2.10

長野の金、依存から自立へ

 里谷多英、25歳。幼いときから、父と共に滑ってきた。8年前、まだ少女だった里谷多英は、リレハンメル五輪11位を獲得した。

 そして、次回日本開催のオリンピックに燃える。しかし、長野オリンピック の前年。最高のコーチでもある最愛の父の死。引退も考える。それどころか、スキー自体をやめてしまおうとも考える。

彼女は言う、

「お父さんにほめてもらえるのがうれしくて、スキーをしてきました。」

しかし、里谷多英は長野にやってきた。彼女は再びオリンピックの大舞台へ。

 だが決勝前日、父への思いと決勝の重圧で、彼女は泣き出す。

コーチが言う。

「泣いて、思いを吐き出しなさい。そして観衆の応援を重圧と感じず、自分のエネルギーにすればよい」

里谷多英は、父の写真を胸に、「もっと速く」という父の教えを心に繰りかえし、スタートを切る。

彼女は後に言っている。人生最高の滑りだったと。

金メダル獲得。

里谷多英は語る。

「父と一緒に滑りました。」 「でも、私のために滑りました。」 「そして、みんなにありがとうといいたい!」

 まだ大学生だっただった里谷多英は、メダル獲得の物語だけはなく、自立への物語を見せてくれた。父を愛し、父の教えを守り、しかし、自分のため滑る。小さなふるえる少女だった里谷多英は、自立した大人への道を歩き始めた。
長野オリンピック、里谷選手の金メダルで学ぶの心理学(親子関係の依存と自立)

***

長野の後、迷いそして再起

 長野オリンピックの大騒ぎが沈まる。メダリスト達は、どれほど大きなエネルギーを消耗するだろう。里谷多英選手も、選手としては天才だが、それ以外の点では、ごく普通の若い女性だという。
「お父さんは今も大きな存在です。「お父さんがいなかったら、メダルはとれなかった。お父さんってすごい」
でも、その父はもういない。長野も終わった。もう普通の生活に戻ってもいいかもしれない。引退を考える。

「自分が何をしたいのか、わからなくなっていたんです」

それでも、彼女は競技を続ける。だが、成績は振るわない。金メダルの栄光が重圧へと変わる。そして大きなケガ。左足首骨折。

しかし、この大ケガが、里谷多英を再び成長させる。
「滑れないことがあんなにつらいとは思わなかった。それからはもう、滑りたくて滑りたくて仕方なかった」。

***

ソルトレーク銅メダル!

 ソルトレークオリンピックで、あの最高の滑りがよみがえる。技術的にはもちろん格段のアップだ。

 里谷多英が何を思い何を語ったかは、今晩のニュース、明日の新聞にたくさん出るだろう。

 だが第一報の報道の中で、里谷多英は語る。レースのとき、こう思ったと。

「お父さん、手伝わなくていいから、見ていてね。」
***

自立と親子関係の心理

 子どもが小さいときに「良い親」とは、「いつも子どもと一緒にいて、子どもを包み込むような親」だ。

 冷たい、突き放すような親では、子どもは愛されている実感が得られず、自立していくことができない。

 幼いときは、いつも(精神的に)一緒にいる親が良い親。しかし、子どもが成長するに従って、親から離れていく。親も子から離れなくてはならない。
 親の役割が小さくなるのではない。自立していく子どもにとって、親の助けは必要不可欠だ。だが、以前のように抱きしめられたりしたら、息が詰まってしまう。
 思春期、青年期の子にとって良い親は、「遠くにいて子の幸せを念じている親」だ。普段は束縛しないが、困ったときにはすぐに助けの手を伸ばしてくれる親だ。
 こうして子どもは自立していく。
 いくつになっても、親は子が心配だ。しかし、いずれは子が親を追い越していく。子どもは言う。「心配しなくてもだいじょうぶだよ。もう、一人でやっていけるよ。」
 里谷選手の父親は、残念ながら娘が精神的に大人になる前に亡くなる。親が亡くなれば、それで親子関係の心理も終わりだろうか。

 そうではない。子どもの成長と共に、子どもの中のイメージとしての親も成長していく。
 里谷選手は、父親に抱きしめられ成長してきた。苦しいけれども、輝くような巣立ち。そらに、自立、大人へ。父さん、もう手伝ってくれなくても、大丈夫だよ。大人になった私を見てね。
 まだあどけなさを残していた里谷多英は、美しく成長した女性となり、そして今回のリレハンメルでは、ベテランと呼ばれ、選手としての風格さえ感じさせるという。
 里谷多英のメダルストーリー。天才が作り上げた特別な物語。しかし同時に、子ども達、青少年達みんんが、共に通る道なのだ。
2002.2.10. 16:00
少しだけ加筆 2.12
里谷選手は、こうも語っています。

「すごい、最高にうれしい。前回のメダルは(亡くなった)お父さんが取らせてくれたけど、今回は自分の力で取るぞ、と思ってとったからうれしい。〜4年間頑張って取ったものだから、すごいうれしい」  
「長野のときは直前に亡くなった父の力で取れた金メダルでしたが、今回は自分の力で頑張ろうと決めたオリンピックだったので、私にとって自分の力でメダルを取ったという気持ちが大きいです。」
***

☆長野オリンピックでの里谷選手の自立の物語は、
筆者が分担執筆した下記の本にも掲載。
青年心理学トゥデイ」(第8章人間関係の心理)福村出版

☆当サイト内の関連ページ

長野オリンピック、里谷選手の金メダルで学ぶの心理学(親子関係の依存と自立)

こころの発達2(青年期の心理、自立、モラトリアム、アイデンティティ)

親子関係の心理・汝の父と母を敬え

父の日に考える父子関係の心理学:悩むお父さんへの子育てアドバイス


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