「愛」で包み、「説明」を行い、「勇気」を取り戻すために
2004.5.21
拉致被害者が帰国してから、1年7ヶ月。明日5.22の首相訪朝を前に、家族との再会への希望が高まっています。
拉致被害者のみなさんが住む各自治体では、帰国する家族のためにすでにサポートチームが作られ、具体的な支援プログラムも用意されています。
ご家族を支えていくためには、何が大切か。ご一緒に考えていきましょう。
***
想像してみてください。
20歳前後のあなたが、ある日家に帰ってみると、真剣な顔をした両親が待っていました。
「実は、お前は日本人ではない○×国人だ。父さんも、母さんも、○×国人だ。お前の名前も、日本風の名前を付けていたが、心の中では○×国の名前を付けていたんだよ。さあ、日本を出て、一緒に○×国へ帰ろう。」
訳もわからぬまま、○×国へ行きます。すると、今まで日本で教わってきたことは全部間違いだと聞かされます。学校で勉強してきた日本や世界の出来事も、全部デタラメだ、毎日見ていたテレビニュースも新聞も、インチキばかりだと知らされます。日本での学歴も資格も意味がない。○×国で一から学びなおしだ。言葉も、文字も、日常生活のすべても、学びなおしだと言われるのです。
アイデンティティの危機(自分を見失う)
人は、思春期のころから、「自分探し」をはじめ、青年期のころに自分自信を見つけます(アイデンティティ、自我同一性の確立)。
I・D(アイデンティティ)カードというプラスチックのカードに、国籍、性別、家族、所属などを書き込むように、自分自身の存在を肯定的に受け入れ、自分がどんな人間なのかを心の中に刻みます。
今回の場合、こうして作られたアイデンティティが崩壊するほどの危機が訪れます。自分の国籍や、親のルーツという、土台の部分が崩れ去るのです。どれほどの衝撃でしょうか。
彼らは、自分のアイデンティティを作り直すという大仕事を成し遂げなくてはなりません。
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青年期、アイデンティティの心理
親子関係の修復
上に書いた「想像してみてください」の続きですが、自分が○×国人だったということ自体ショックでしょうが、それをずっと親が黙っていたことがショックではないでしょうか。
「父さんも、母さんも、僕をだましていたのか! うそつき!」
もちろん、そうではありません。結果的には、真実を隠していたことになりますけれども、決してうそつきではありません。子どもを心から愛し、必死になって子どもを守ろうとしていたのです。
そのことが、20歳前後の人たちに、どれほどスムーズに理解してもらえるでしょうか。親子の不信感を乗り越え、親子の関係を作り直すことが、最初で最大の課題だと思います。「お父さんも、お母さんも、お前のことを心から愛しているよ。目に入れても痛くないほど、かわいいよ。絶対に、君のことを守るよ。」その両親の気持ちが、子どもに届く必要があります。
親の愛を実感し、それによって、親を信頼と愛情を怪異服することが、心のケアにとって必要なのです。
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親子関係の心理(親を愛することの意味)*
各自治体の支援プログラムを見ると、どこもまず3ヶ月程度は家族の時間を大切にするように考えているようです。余計な雑音から離れて、まずは家族だと私も思います。
3ヶ月が長いか短いかと、あるマスコミの方に質問されましたが、適切な具体的数字は、私にも分かりません。臨床心理士や精神科医らが作るサポートチームは、まずは時間をかけて家族関係を作っていこうと考えているのでしょう。
国民のみなさんにも、ぜひそう考えて欲しいと言うメーセージが、「3ヶ月」には含まれているように感じます。様子を見ながら、期間が延長されることもあるでしょう。*
さらに、今回の場合、親だけに真実を隠されていたわけではありません。彼らは、一般庶民から離れた生活をしていたわけですが、学校の先生達も、近所の人たちも、みんなに隠されていたということを知らなければならないわけです。
人間全体への不信感とも、彼らは戦って勝たなくてはなりません。周囲からの支援によって、人への信頼感を取り戻さなくてはなりません。
大歓迎
おそらく、家族が帰国すれば、国をあげての大歓迎となるでしょう。もちろん、家族の時間を奪うような大騒ぎは慎むべきでしょうが、私たちみんなで大歓迎したいと思います。
もしかしたら、帰国した直後は、おかしなことを口走るかもしれません(ご両親がたはそれを恐れているようです)。でも、そんなことは当然です。あなただって、突然○×国へ行ったら、日本を支持する発言をしてもおかしくありません。
帰国時だけではなく、大歓迎のあたたかな空気で、彼らを包みたいと思います。
*
彼らは、特殊な体験をしてきた被害者です。
被害者に対して責めるようなことをすれば、彼らの心は深く傷つきます。不安定な心理状態の言動を責めてみても、仕方がありません。過去のことを責めても、仕方がありません。
彼らは、特殊な教育を受け、ある種の考えを埋め込まれているかもしれません。そこから解放するためにも、「愛で包む」必要があるでしょう。
たとえば、オウム真理教から脱会してきた人に対して、みんなで責め立てても、そんなことをしても、社会復帰の妨げになるだけです。カルト宗教からの脱退者などは、うっかりすると、元の組織に戻ってしまう可能性すらあります。
よく帰ってきたね。がんばったね。みんな待っていたよ。大歓迎だよ。
そのように、彼らを迎えたいと思います。
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マインドコントロール心理
理論的説明
彼らには、子どものころから徹底した教育が行われているでしょう。北朝鮮の正しさ、日本やアメリカ、資本主義の誤りなどを叩き込まれていることでしょう。
このような考え方に対して、「愛で包む」ことがまず基本にはなりますけれども、それだけでは不十分です。きちんとした、理論的な説明が必要でしょう。
ただ講義すればよいのではありません。押し付けても意味はありません。彼ら自身が深く考え、納得し、気づかなくてはなりません。
北朝鮮の思想をよく理解した人が、根気よく関わっていく必要があるでしょう。一方的な説教ではなく、考えさせるような適切な質問が大切だろうと思います。
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国内の北朝鮮関連番組
拉致事件発覚後、北朝鮮に関する多くの情報がマスコミから流れています。批判的報道は良いと思います。しかし、侮辱的な番組はどうででしょうか。
たしかに、北朝鮮の奇妙な様子に、私たちは驚いたり、笑ったりするのですが(番組としての「面白さ」は確かにあるのですが)、仮にも一つの国家をあそこまでばかにするような番組は、今までの日本ではなかったように思います。
さて、もしも帰国した家族がいきなりそのような番組を見たらどうでしょうか。おそらく、拒絶反応を起こすのではないでしょうか。
オウムの信者に、いきなり教祖を徹底的に侮辱するような話をしてしまったら、そこで会話は途切れてしまいます。
元信者自信が、間違いに気づき、教祖は最終解脱者などではなく、ペテン師、犯罪者だとわかるまで待つ必要があるのです。
当サイトの関連ページオウムとマインドコントロール
今回のご家族のような被害者の方々に対して、私たちが行ってしまういくつかの失敗があります。
被害者を責める
なぜそんな道を歩いていたんだ。お前にもすきが合ったのだろう。などなど、被害者を責めてしまうことがあります。しかし、責めるべきは犯人であって、被害者は守られ、保護されるべきです。
防犯に関する注意などは、その後の問題です。
被害者を励ましすぎる
被害者の現在の心の状態に配慮せず、善意であるとはいえ、社会復帰を急がせたり、再教育を押し付けてしまっても、被害者は受け止めることができません。
彼らの時間の流れはゆっくりなのです。周囲は、もう1年もたったなどと思いますが、当人は、まだ1年しか経っていないと感じます。被害者の多くが、「あの日から時計が止まったようだ」と語ります。
そして、
被害者に同情しすぎる
これも善意からなのですが、被害者に対して、あまりにも、かわいそう、かわいそうと接してしまうことです。
犯罪被害者は、ショックを受け、自身を失っています。自分が無力で小さくなってしまったように感じてしまいます。そこへ、さらに周囲から、不用意な同情の言葉ばかりかけられると、ますます無力感を持ってしまうことがあります。
彼らは、有能です。今は一時的にショック状態でも、必ず、彼ら本来の能力を発揮してくれるはずです。私たちは、彼らの勇気を取り戻せるような支援を行っていく必要があるのです。
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被害者の心のケアと支援(新潟女性監禁事件から)
拉致被害者であるご両親が帰国の際には、長い間北朝鮮のバッヂをはずさないといった行動は見られましたが、当初考えられていた予想よりも、早く日本のもとの生活になじんでいったようです。
それは、北朝鮮との連絡を断ち切った上で、故郷でなつかしい景色を見、なつかしい家族、親戚、友人達と会い、みんなの暖かな心に包まれたからだと思います。
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北朝鮮日本人拉致事件の 洗脳とマインドコントロール
*
さて、今回の子ども達の場合ですが、日本はなつかしい故郷ではなく、彼らにとっては未知の異国です。
親の場合とは違い、むしろ反対になつかしい生まれ故郷を離れ、友人知人とはなれ、日本にやってきます。ご両親の場合以上に、手厚い支援が必要になってくるでしょう。
帰国した被害者のみなさんは、長い時間をかけ、家族関係を作り直し、多くの努力を行い、新しい生活をはじめていくでしょう。笑顔を取り戻し、元気になっていくことでしょう。
そして、さらに、とほうもなく長い時間のその後で、北朝鮮ですごした時間は、決して無駄ではなかったと思える日が来ると思います。
お子さん達にとっても、生まれてから20年の北朝鮮での時間は、無駄で間違った時間で、一生その重荷を背負わなければならない体験ではなく、あの体験もまた自分の人生の一部だと、肯定的に受け入れられる日が、いつか来ると思うのです。
他人が説教したり、押し付けたりするのではありません。ご本人達が、いつかそう思える日が来ると、私は信じています。
私たちみんなで、支援を続けていきたいと思います。
参考
フランクル『夜と霧』
BOOKS
『夜と霧:ドイツ強制収容所の体験記録(新版) フランクル著』
『それでも人生にイエスと言う フランクル著』
『北朝鮮拉致ドキュメンタリー めぐみ』
『祈り―北朝鮮・拉致の真相』
『めぐみ (双葉文庫―北朝鮮拉致ドキュメンタリーコミック』
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