心理学総合案内こころの散歩道/ニュース/ JR福知山線尼崎脱線事故(新潟青陵大学大学院:碓井真史)

JR福知山線脱線事故から学ぶ
ヒューマンエラーと心の傷の心理学3-1

福知山線脱線事故調査委員会報告書を読んで(1)

空白の40秒を探る:「まけてくれへんか」・・・日勤教育と「エラーを犯したその後で」


ハード面?病気?居眠り?運転士の成績性質・オーバーラン、まけてくれへんか・日勤教育・空白の時間へ

2006.12.20

 2006.12.20国土交通省航空鉄道事故調査委員会が、2005年4月25日に発生した福知山線脱線事故に関する「事実調査による報告書案(意見聴取用)」を発表しました。

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 分厚い報告書です。資料の図も含めれば300ページ近くになります。この厚さは、日航ジャンボ機墜落事件以来の厚さです。それだけ、重大な事故であり、原因のわかりにくい事故だったのでしょう。

 2005年4月25日午前9時18分、JR福知山線(宝塚線)の塚口-尼崎間のカーブで、宝塚発同志社前行き上り快速列車(7両編成)の1〜5両めが脱線、1、2両めが線路わきのマンションに衝突。 107名が死亡し、555名が負傷しました。速度超過による事故と見られています。なぜそれほどの速度超過になったのかは原因不明です。
 事故当日の午前9時18分10秒、120キロを越える速度まで加速していた事故列車は、減速のため軽いブレーキをかけます。その後事故現場のカーブ部分に入ってから初めて強いブレーキをかけはじめるまでの40秒間、何の運転操作も行われていません。

列車は、時速116キロの高速でカーブに突入し、9時18分54秒脱線、そのままマンションに激突しました。最後尾の7両目が停止したのは、9時19分4秒でした。
運転操作が行われなかったこの「空白の40秒間」に、いったい何が起こったのでしょうか。
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ブレーキの故障?ハード面は?

 報告書には、列車と事故に関するかなり専門的で詳細な記述があります。機械の故障などハード面の問題の可能性が一つ一つ調べられています。
その結果、ハード面での問題(故障等)は、何もなかったと思われます。

心身の病気? 居眠り?

 機械の問題ではなかったとすると、人の問題になります。何らかの原因(病気)で運転士が意識を失ったのではないかとも考えられますが、その可能性もほとんどないようです。
あるいは眠ってしまったのではないかとも考えられます。たとえば睡眠時無呼吸症候群などのために、突然眠ってしまったのではないかと。
たしかに、それ以前の部分で、オーバーランをしたときなどは、居眠りをしていた可能性は否定できません。
 今回の運転士の件とは別に、JR西日本が把握している2001〜2006年までの「眠気による」オーバーランは12件ありました。
 しかし、調査報告書によれば、運転士は事故直前の駅でオーバーランをした後で(かなりヒヤリとしたことでしょう)、停車位置を正しく修正し、正しく再発進し、通常の加速を行い、規則違反になる時速120キロをわずかに越えたところで、適正に軽いブレーキをかけて減速しています。車掌と会話も行っています。そして40秒後。すでに遅かったのですが、高速のままカーブに入ってからブレーキをかけ始めています。
この40秒間だけ、眠ってしまった可能性はとても低いと思われます。
 睡眠時無呼吸症候群に見られる大きないびきや寝ている最中にいびき(呼吸)が途中で止まるといったことに関しては、家族も、JR宿舎で一緒に寝泊りした同僚からも、そのようなことはなかったと証言しています。
JRに提出された睡眠時無呼吸症候群セルフチェックシートの結果も異常なしでした。

運転士

 運転士は高校卒業後JR西日本に入社、長尾駅の運輸管理係、天王寺車掌区の車掌をへて、2004年5月18日に京橋電車区の運転士となります。事故発生時は、運転士歴11ヶ月、23歳でした。
調査報告書によれば、運転士になるための試験の結果は次のとおりです。
・学科試験:合格者の平均993点、今回の運転士の点数1056点(偏差値63)

・技能試験:合格者の平均1120点、今回の運転士の点数1118点8(偏差値50)

運転士となった後、何回かオーバーランなどのミスを犯していますが、それもごく平均的なミスの度合いでした。
 2004年6月には、100メートルのオーバーランをしたことにより、ミスを犯した運転士に課せられる再教育「日勤教育」で13日間にわたる研修も受けています。これは、運転実務から離れ、研修所でレポートなどを書きます。本人は辛かったようですが、特別なことではありませんでした。
2004年9月に行われた運転技量審査では、偏差値52の得点を得ています。
2004年(平成16年度下期)の勤務評定では、偏差値61の点数でした。
彼は特別優秀な運転士ではありませんでしたが、特別無能な運転士でもありませんでした。普通の運転士です。
事故前の上司との面接では、今後特急や新幹線の運転士になりたいと希望を述べています。これもごく普通の発言です。
家族や友人の話からも、特別なことは見出せません。特別乱暴なわけでもなく、特別神経質なわけでもありません。健康で明るく、友達も多い、スノーボードが趣味の青年でした。(JRに就職して、何らかの理由で問題社員などと見られてしまえば、運転士になることはできません。)
運転士は脳波検査も受けますが、その結果も含めて、健康診断は異常なし。生活上の大きな問題も見当たりません。今回の乗車直前にも目立った言動は見られませんでした。
今回の乗車に際しては、マニュアルもありますが、速度やブレーキのタイミングなどに関する確認のための手書きのメモが残されていました(これも運転士が普通に行うこと)。メモの内容は正しく、この路線での運転に関して十分に理解していました。
彼は普通の健康で正常な運転士でした。
(たとえば、羽田沖で逆噴射をさせ飛行機を墜落させた機長は、精神障害を起こしていました。事故後になって実は機長の言動に異常が見られたことがわかっています。しかし、今回の運転士は全く違っていたわけです。)

オーバーラン 「まけてくれへんか」そして事故現場が迫る中で

 福知山線脱線事故現場前の伊丹駅で、運転士は70メートルのオーバーラン(正しい停車位置を越える運転ミス)を行っています。
列車は停車位置を修正し、乗客が乗り降りし、発進しました。ここで、約1分30秒ほどの遅れがでます。
70メートルのオーバーランはかなりの距離です。おそらく、このままであれば再び「日勤教育」が科せられたことでしょう。
 伊丹駅を発進し、車掌が次の駅名を告げる車内放送を行います。駅名を告げ、一息つき、さらに詳しいアナウンスをしようとした瞬間、運転士からの車内電話の声が入ります。
車掌は運転士の発言内容を詳しくは覚えていませんが、

「まけてくれへんか」と頼んできたと証言しています。
「まけてくれへんか」とは、「行き過ぎた距離を小さく報告して欲しいという意味だと思った」と車掌は証言しています。報告は車掌の仕事でした。車掌は運転士からの依頼を了承します。
 社内電話で話している最中に、一人の乗客が車掌室の窓をコンコンとたたきます。車掌が応答すると、「遅れているのに、あやまらんのか」と乗客が言います。
車掌はお詫びの車内放送を行います。もちろん、運転士もこの放送を聞いています。
その後すぐ、運転士は列車無線を使い、列車の総合指令所に報告を行います。この列車無線はこの列車の運転士はもちろん、他の列車の乗務員も聞くことができるようになっています。
オーバーラン、そして「まけてくれへんか」。これが、この直後に起きた大惨事のきっかけとなったのではないか、私にはそう感じられます。

運転士と車掌

運転士と車掌はいつも一緒に働いていて、仲間であり、同じ電車に乗る二人は当然よく気心の知れた同僚であると、おそらく多くの人が思うのではないでしょうか。
しかし、実際は運転士と車掌は、普段は別々に働いているそうです。今回の車掌は、前の職場である天王寺車掌区でたまたま一緒だったために、今回の運転士の顔は知っていたといいますが、名前は知りませんでした。その程度の関係でした。
今回の車掌は42歳。23歳の運転士よりもだいぶ先輩です。車掌によれば、乗車前に「よろしくお願いします」といった感じで互いにあいさつを交わしています。そのときも特別気になる点はありませんでした。
二人は途中の宝塚駅において、互いの乗車位置を交代するために、ホーム上で会っています。車掌の声かけに対して、運転士は「ムスッ」としたような態度に感じられたと語っています。

空白の40秒へ向かって

 伊丹駅で70メートルのオーバーラン、列車は1分30秒ほど遅れて発車しました。

車掌が次の駅名を告げる車内放送を行った直後、間髪をいれず運転士は車掌に連絡をとっています。一刻も早く、車掌に連絡が取りたいと待ち構えていたのかもしれません。
「まけてくれへんか」と運転士は車掌に頼みます。
彼はどんな気持ちで車掌に頼んだのでしょうか。
○日勤教育○
前回の「日勤教育」のあと、彼は友人にこんなことを話しています。
「日勤教育は社訓みたいなものを丸写しするだけで、こういうことをする意味がわからい」

「その間の給料がカットされ本当にいやだ」

「降ろされたらどうしよう」
ただのぐちかもしれません。ただ彼にとって日勤教育はかなり苦痛だったのでしょう。
何とかして今回のミスをごまかしたい、日勤教育を受けたくないと、彼は切望したのでしょう。
 彼は年上の、特別仲が良いわけでもない車掌に頼みます。顔を見ることもできず、社内電話での話です。走行中の快速電車です。ゆっくりと話し合う時間などありません。
おそらく、ドキドキしながら頼んだのではないでしょうか。
オーバーランは車掌には一切の責任はありません。車掌の仕事は、ただしく報告することです。ウソの報告をしても車掌にメリットはありません。万一ウソがばれれば、車掌も叱責をうけるでしょう。
車掌は依頼をきいてくれるのか、彼は不安を感じつつ、頼んだことでしょう。
この間、列車は加速を続けます。通常でしたら、次の駅までの直線区間は、時速95キロほどの速度で走ります。しかし、運転士は時速120キロまで速度を上げていきます。ただし、120キロは速度違反でありませんでしたが。
午前9時18分01秒
車掌は列車無線を使い、総合指令所を呼び出します。運転席にも、呼び出し音が聞こえます。この時、加速していた列車の速度は約120キロに達していました。
9時18分6秒、
総合指令所から応答があります。
「こちら指令所、どうぞ」
9時18分8秒、車掌が話します。
「5418M(列車番号)車掌です。どうぞ」
9時18分10秒
列車は制限速度の120キロをわずかに越えます。ここで運転士は列車の加速を止めてるために、軽くブレーキ(B1)をかけます。列車は脱線事故の直前にブレーキをかけるまで、アクセルもブレーキも操作が行われない「惰行運転」を続けます。
このとき、脱線まで、あと40秒。

次のページ 「空白の40秒」 へ続く

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空白の40秒・なぜブレーキはかけられなかったか・緊急停止用ブレーキ・ヒューマンエラー・エラーをしたその後で。


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