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被害者と加害者(「彩花へ」)・市民の協力・宗教・心の闇と光(投稿3)


 島根県警のホームページに神戸の事件を扱った「異界に住む子どもたち」があります。その中に、掲示板があり、私も何回か投稿したことがあります。下記はその掲示板へ投稿した内容です。

* * * * *

被害者と加害者(「彩花へ」)・市民の協力・宗教・心の闇と光 (Re291その3・Re296・Re295,302)

こんにちは、碓井です。前の投稿「私も殺します〜」の続きです。

[ 被害者の人権 ・被害者と加害者の関わり ]

 被害者(被害者本人とその家族)の人権は、守られねばなりません。法的にも、マスコミや一般市民も、被害者をさらに苦しめるようなこと(二次被害)はするべきではないと確信しています。その点では、投稿291(米本さん)と同意見です。(ただ、加害者の心理や更生について語ること自体が、被害者の人権侵害になるとは考えていませんが。)

 その家族も含め、被害者は守られるべきです。その意味で、投稿291が投稿120で紹介していた被害者の父親である牧師への非難していること(「父親失格」など)や、同様の意見を述べていらっしゃる投稿296(kashimaさん)には、同意しかねます。私もこの事件(非行少年の更生に関わっていた牧師の娘が殺された事件)は覚えています。私は、娘を殺された激しい悲しみの中にある父親の言葉をとって、この父親を非難する気にはなれません。

 犯人にできるだけ重い刑罰を望む被害者や遺族のお気持ちは、当然のことです。非難する気は、全くありません。またその一方、犯人に対して違う感情をもつ方々もいます。被害者が獄中の加害者と文通して交流する例などもあります。「新宿バス放火事件」の被害者と加害者の交流は、85年に桃井かおり主演で映画にもなりました。

 今回の神戸の事件では、殺された山下彩花ちゃんのお母さんが書いた手記「彩花へ:生きる力をありがとう」が出版されていますね。そこには、次のような文章があります。

「最後にA君へ 今、あなたに会いたいような、絶対に顔も見たくないような複雑な 思いでいます。私たちの宝物だった、たった一人の愛娘を、あんなかたちで奪い取ったあなたの行為を、決して許すことはできません。」

「その一方で、これもまた母であるがゆえに、どんなに時間がかかっ てもあなたを更正させてやりたいと願う気持ちがあることも嘘ではあ りません。」

「罪を罪と自覚し、心の底からわき出る悔恨と謝罪の思いがいっぱいにつまった、微塵のよどみもない澄みきった涙を、亡くなった二人の 霊前で、苦しんだ被害者の方々の前で流すことこそ、本当の更正と信じます。」

「それまで、共に苦しみ、共に闘おう。あなたは私の大切な息子なの だから。」

 私は、上の牧師の話にも、この山下さんの文章にも、感動します。「親失格、人間失格」「きれいごとを言うな」などとは少しも思いません。いえ、もし、私が個人的には不愉快になるようなことがここに書いてあったとしても、だからといって犯罪被害者のご家族を非難するつもりはありません。

 被害者の遺族が、犯人を非難する発言をしても、逆に犯人を擁護するような発言をしても、どちらにせよその発言によって、ご遺族を責めるようなことをすべきではないと思います。(もし、その発言の中に考えなくてはならない問題があるとすれば、その個人への非難ではなくて、広く社会の問題として議論すべきでしょう。)

[ 市民による更生への協力 ]

 投稿291は、上述の牧師の行動に対して「〜問題のある危険な少年であることを充分 に知った上で接していたのですから。危険を承知で少年と我が子とを近づけた甘い判 断といい〜」と批判しています。投稿296は、この事例に限らず他の例をあげながら、認識の甘さ、態度の不十分さを指摘し、「〜設備やカリキュラムがないのに、自分の宗教の教義だけで更正させようとするのは、やめていただきたい」と述べています。

 もしも、この牧師が娘への危害を予測していながら、何の対処も取らなかったとしたら、不用意と言えるでしょうが、そうではありませんでした。

 では、少年院帰りということで、その「危険な」少年には近づかないのが正しい態度でしょうか。177でも紹介しましたが、法務省の少年院のページhttp://www.moj.go.jp/KYOUSEI/kyouse04.htmでは、「少年達は、〜社会へ戻っていきます。〜社会の人々の温かい心と援助が不可欠てす。立ち直りつつある少年たちへの御理解と御支援をお願いします」と市民への協力要請があります。

 犯罪を犯した少年達を職場に受け入れたり、一緒に社会活動に参加したりなど、様々な市民によるボランティア活動によって、更生が進められています。(参考:法務省の保護局のページhttp://www.moj.go.jp/HOGO/hogo01.htm)

 少年達の更生は、少年自身のためだけではなく、再犯を防ぎ、社会の秩序を守るためにも、とても大切です。その活動の中で犯罪が起きてしまっては困りますから十分な注意は必要でしょうが、しかし万が一そうなってしまったとしても、協力していたために被害者になってしまった人を非難すべきではないでしょう。

 私は少年院には行ったことはないのですが、「少年刑務所」には見学に行ったことがあります。工具を持っている入所者(囚人)のすぐ横も通りました(「一般の刑務所だったら、危険だからこんなところは一般の人は通さない」と職員の方が言っていました。)

 印象に残った話としては、少年刑務所内で文字の読み書きを覚えて退所する少年達がいることや、隣接する高校との交流会があるといったことでした。

 確かに一般的にいって、不十分な準備のまま関わりを持つことは、望ましくないでしょう。しかし、法務省や少年法自体が期待しているのは、多くの一般市民の協力です。特別な専門的知識や技術を持つ人々や、自分の全てを少年の更生のために捧げる態度を持つ人達だけに対して、協力要請しているわけではありません。

 どんな犯罪を犯した少年も、様々な懲罰や教育を受けた後は、死刑にも終身刑にもならず、社会に戻ってきます。少年達が更生し、再犯を防ぐために、私たち一般市民の協力が必要なのではないでしょうか。

 当HPの「少年非行Q&A」が、周囲の人の拒否的態度が当人を次なる非行に追いや

ると指摘し、非行の再発防止のためには友人関係で疎外されず、友情を獲得することが有効だと述べているとおりです。

[ 宗教家の関わり ]

 もし「宗教の教義だけで更生させよう」としている宗教家がいたら、私もそれは少し違っているのではないかとご忠告申し上げたいと思います。その点では、投稿296のkashimaさんと同意見です。

 しかし、更生に関わっている多くの宗教家は、そんなふうには考えていないと思います。そのようなことに関心を持ち、活動している僧侶や牧師の話を聞いたことがあります。また宗教的背景を持つ「教護院」にも見学に行ったことがあります。彼らは、決してただ宗教の講話をしているだけではありませんでした。もちろん彼らにとって自分の信じる宗教はとても大切なものですが、同時に、根気強く人間関係を作っていくことを通して、更生を図っていました。

 先日、テレビ番組で、一人の死刑囚がある神父との交流を通して、初めて自分の罪を悔い、人の愛に目覚めた事例を紹介していました。神父に感謝する死刑囚に対して、神父は「これは私の力ではない。あなたのお母さんの愛の力だ」と伝えます。

 小田晋らが殺人の最大の抑止力になるのは宗教だと語っているように、宗教家のみなさんには、もっともっとがんばってほしいと思います。実際、神戸の事件のあと、牧師達は刑務所等への訪問活動を今まで以上に積極的にやろうとしているそうです。また、神戸市須磨区在住でカウンセリング活動を行っている牧師が、少年逮捕の前からこの事件に関心を持ち活動しています。(「わが愛する町神戸」http://www.mars.dti.ne.jp/~at-grace/kobe.html)

 少年の更生のためには、警察の力が必要であり、少年法による制裁や教育が必要であり、家族、学校、宗教、友人、そして多くの市民の協力が必要なのだと思います。

 

[ 少年の更生に関わる人達の心 ]

 投稿291は、一部の弁護士、学者、宗教家、その支持者達は、自分の利益や自尊心のために保護主義を唱えて行動しているのではないかと述べています。さて、歯科医は正しい歯の磨き方を指導しながら、内心は虫歯が増えることを願っているのでしょうか。警察官は、世の中から犯罪がなくなっては困ると考え、また建設会社は、どこかで大地震が起きないかと待っているのでしょうか。もちろん、ほとんどの場合そんなことはないでしょう。

 しかし、それでも、心の奥底で自分でも意識しないうちに、そんなことを考えてしまうことはあるかもしれません。これはどんな立場に立つ、どんな人にもあり得ることです。「被害者の人権を守れ」と言っている人の心の中にも、「加害者にも人権はある」と主張している人の心の中にも、そんな発言自体を楽しんでいる「心の闇」の部分があるかもしれません。人が、自分の心の闇について考えることは、むだではありません。

 けれども、どちらの立場に立つにせよ、あからさまな悪意を持っていない限りは、「お前の心の奥底には、自分の利益だけを考える汚い部分があるんだろう」と相手を非難しても、何も建設的な論議は生まれないと思います。私は誰かをそんな理由で非難する気にはなれません。

 私たちには、「心の闇」があるのと同時に、人々と平和に暮らしたい、人のために何かをしたいという「心の光」の部分があることも、忘れたくないと思っています。

[ まとめ ]

 今回、3回にわたって投稿いたしました。さて、投稿302(15歳さん)が述べているように、法律や刑罰だけでは犯罪を防げません。だから、多方面の協力が必要になります。

 少年法やその運用、行政のあり方、少年院法などにも、改善すべき点はあるようです。ただ、今までの長年の論議を無視し、「少年法は少年を甘やかしている!」「重罪には重罰を!」といった誤解に基づくスローガンだけが強調され、論議が進むことは危険だと感じています。(参考「少年犯罪と少年法」明石書店)

 投稿295の15歳さん。こういう意見がいつしか「世論」とされ、世論に答える形で、法律が改正される(改悪される)可能性が、今回は少なからずありますよ。

 私も少し前までは、世の中変わらないと思っていました。一旦増えた核兵器は絶対に減ることはなく、ドイツは東西に分かれ、日本の政府は自民党で、ソ連はずっと超大国だと思っていました。でも、世の中は変わるんだと、やっとわかりました。

 あなたのおじいさんの時代には日本とアメリカは戦争をしていたのですから、あなたがおじいさんになったころには、またどういう世界になっているか分かりません。あなた方が作る世界です。少年の悪口ばかり言う人もいますが、私は少年達に期待しています。

 この掲示板は、小さな活動でしょうが、でもどこかで誰かが声を上げ、その声が大きくなっていったとき、人々の意識が変わり、法律が変わり、社会が変わっていくこともあるのです。そんな大きなことにならないとしても、意見を交換することは、決してむだではありません。

 米本さん、kashimaさん、そして犯罪の減少を願う多くの人達と、たとえいくつも点で意見は違ったとしても、有意義な意見の交換をしていきたいと願っています。

長文にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

碓井真史


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