新潟青陵大学大学院(碓井真史) / 心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座)/犯罪心理学/福岡小1男児殺害事件の犯罪心理学



犯罪心理学:心の闇と光

福岡小1男児殺害事件の犯罪心理学

母が愛する子を殺す時

2008.9.22

事件の概要

 2008年9月18日、福岡市内の公園で小学校1年生(6歳)の息子がいなくなったと一緒に公園に来ていた母親が騒ぎ始めます。周囲の人と共に探したところ、30分後に公園内のトイレの脇から遺体が発見されました。母親は、自分がトイレに行っている数分のうちに子どもがいなくなったと供述していましたが、当初から不自然な点がありました。

 9月22日になって、この母親が殺人容疑で逮捕されました。今日(9.22)現在の供述によれば、母親は次のように語っています。

子どもには軽い発達障害があり、自分も病気を持っていて病弱である。そのために、将来を悲観し、息子を殺し、自分の死のうと思った。そこでトイレの障害者用個室の中で、首を絞め殺害した。殺しために公園に来たのではない(計画性は無かった)。


被害者(6歳の息子)

小学校1年生の男の子です。明るく、元気で活発な子でした。ただ、軽度発達障害があり、小学校では特別支援学級に通っていました(以前は普通学級に対して特殊学級という呼び方をしていましたが、現在は特別支援学級と呼ばれています)。

ときどき登校をしぶることもあったようです。母親によれば、落ち着きがなく、すぐにどこか行ってしまう、いつも手をつないでいないといけないという子でした。
関係者によれば、一つのことに集中できなかったり、突然走りだすなど予想できない行動を取ったりすることがある多動な面がある子だったようです。

加害者(母親35歳)

周囲の人々の話に寄れば、親子の仲はよかったといいます。
小学校入学時のクラス懇談会の時に、「うちの子は落ち着きがないところがあるので、迷惑をおかけすることがあるかもしれません」と泣き出しそうな顔で話していたと語る人もいます。真面目で、気の小さな母親だったのでしょうか。
子育てには、悩んでいました。「子供が元気よすぎてコントロールが利かない。自分が病気だから面倒を見るのが大変」だと知人に語っています。

報道によれば、この家庭は夫婦と子どもの3人家族でした。当初は働いていたため、放課後は学童保育(母親が働いている小学生を夕方まで預かってくれるところ)を利用していましたが、病弱で仕事をやめたため、学童保育を利用できなくなったということです。
犯行前は、精神的に追い詰められていたようです。

子殺しの心理 女性殺人者の心理

親が子を殺す場合、虐待が高じて殺害に至るケースもあります。また、まれなケースとしては、子どもに保険金をかけて殺害するといったケースもあります。そして、今回のような、子どもを殺して自分も死のうとする、無理心中のケースがあります。
今回の事件では、まだ解明されていない動機もあるのかもしれませんが、無理心中くずれの殺害は、子が憎いのでもなく、邪魔なのでもなく、金目当てでもなく、子を愛するがゆえの殺人、「愛他的殺人」ということができます。子が嫌いだから殺すのではなく、大好きだからこそ殺すのです。
女性は、男性の5分の一しか殺人を犯しませんが、女性殺人者の特徴は、殺害相手の9割が家族や恋人など身近な人ということです。家族を殺すのは、ひどい凶悪犯でしょうか。いえ、そうではなく、女性殺人者の多くは、様々な問題で心が追い詰められた結果、やむにやまれず身近な人を殺しています。
アメリカであれば、無抵抗な子どもを殺すのは、ただの第一級殺人ですが、日本人としては親子無理心中は虐待の末の子殺しとは違い、同情されることもあるでしょう。

日本の親子観

欧米の家族観としては、親と子はあくまでも別の個人ですが、日本の文化の中では、西欧文化よりも親子は一心同体と感じられます。親がもう生きてはいけないと感じると、子どもだけをこの世に残すのは不憫だと感じ、一緒に死のうと思ってしまうのです。
日本は、子どもをとても大切にする文化があります。西洋にはない、添い寝もおんぶも、良い習慣だと思います。どの結果、とても優しい人間が育つでしょう。
しかし、何かがうまくいかなくなると、強さや独立心の面ではトラブルになることもあります。過干渉な親に悩む子もいます。子を自分の一部のように考えてしまう親もいます。
特に母親は、子を100パーセントの愛で愛すると思います。行き過ぎれば、自分だけで子どもを育てなければならないと思い込みます。虐待も、親子無理心中も、親の強い孤独感がそのもとになっています。
事件は、愛が無いからではなく、愛が空回りしたり、愛はあるのだが子育てをする力が無いところで、起きてしまうのです。

今、思うこと

加害者の母親は、子を愛していました。愛していた子らこそ、殺してしまいました(現在までの供述によれば)。
しかし親の愛には、抱きしめる愛と、手放す愛が必要です。この母親は、心理的に子どもを抱きしめたまま、谷底へ落ちてしみました。もしも、子どもを心理的に手放すことができていれば、この悲劇は起きなかったでしょう。 親はなくとも子は育つのですから。
***
被害者である6歳の男の子は、軽度発達障害で特別支援学級に通っていました。
全国の同じような子を持つ親がどれほど心を痛めているかと思います。
軽度発達障害には、学習障害(LD)、アスペルガー障害、注意欠陥多動障害(ADHD)などがあります。大きな体の障害や知的な障害があるわけではありませんが、その程度にもよりますが一般には「手のかかる子」でしょう。しかし、彼らは適切な教育と保護を受けて育てば、社会の中で十分生活していけます。それどころか中には、個性を発揮して大成功する人もいます。
今回の母親が悩んでいた「多動」も、多くの場合は子どが成長していくにしたがって落ち着いてきます。軽度発達障害自体が治るわけではありませんけれども、社会に適応していけるわけです。
ただ、元気すぎるわが子の面倒を見るのは、ときに寝込むこともあったという病弱なお母さんにとっては、きついものだったのでしょう。こんなに豊かな日本で、必要なところに必要な援助が届かないのは、とても残念なことだと思います。
私たちが今回の事件から学ぶことがあるとすれば、子育てに悩む孤独な母親をどのように支えるかということでしょう。とくに軽度発達障害は、周囲から理解されにくいことも多く、悩まれている親御さんもたくさんいます。今回の事件は、もちろん真相を究明し、加害者に適切な処罰を与えなければなりません。しかし、それだけで終わってもいけないと思うのです。
こんな悲しい事件を起こさないために、私たちは学び、そして互いに支えあうことが必要だと思うのです。

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