2.11.アジ化ナトリウム混入事件が発生した会社の元社員が、容疑者として逮捕されました。会社のお金を使い込み、その発覚を恐れての犯行のようです。お金はギャンブルなどの遊興費に使われていたようです。横領したお金は、事件後に返済されているそうです。
事件発生の際には、この容疑者の男性自身も、毒入りのお茶をのみ、入院していました。アジ化ナトリウムの致死量など、毒物に関する専門知識はなかったようだと報道されています。
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犯行自体は、もちろん、自己中心的で凶悪な犯罪です。
ところが、容疑者の周囲の声を聞くと、まじめでおとなしい人と思われいたようです。多くの人が「まさか、あの人が!?」という感想を持ったようです。
普段は、おとなしいまじめな人が、恐ろしい犯罪を犯してしまうところが、人間の心の闇の部分なのでしょうか。
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しかし、逆に考えると、まじめでおとなしいからこそ、事態がこんなにも深刻になってしまったとも思えるのです。
もし彼が、とても不まじめで、乱暴な男性であったら、そもそも経理の仕事にはつけなかったでしょう。あるいは、多少の不まじめさがあれば、もっと上手なお金のごまかし方をしていたかもしれません(もちろん、それでも犯罪ですが)。
彼の心に、もう少し、乱暴さや強さがあれば、会社の金に手を付ける前に、誰かに頼み込んでいたかもしれません。あるいは、経理のごまかしがばれそうになったときに、それ以上の犯罪にはならないような形で、許しを請うか、それとも罰を受けることを覚悟したかもしれません。
しかし、まじめでおとなしいと思われていた彼は、ギャンブルにのめり込み、会社の金を使い込み、自分の不正の発覚を防ぐために、さらに恐ろしい犯罪へと向かっていったのです。
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地元紙、新潟日報の記事は、さすがに読みごたえがありました。写真も実にいい写真です。新潟日報のホームページでは、それが十分に伝わらないのが、残念です。(犯罪報道に実名や顔写真が必要かといった根本的な問題は、今は触れません)
記事によると、逮捕後の容疑者が、ほっとした表情を見せたり、少し笑顔を見せたりしたそうです。こういう場合、よく反省の色がないなどと、ことさら犯人の凶悪さを強調する記事が見られますが、新潟日報の記者さんは、そうは受け取らなかったようです。
多くの犯罪者は、逮捕されることで、ある種の「安心感」のようなものを感じるのです。本来、まじめでおとなしい人であれば、なおさらでしょう。
そのような一般論から、そう感じたのか、あるいは事件発生以来、半年間に渡ってこの男性に注目してきた記者の皆さんだからこそ、そう感じたのでしょうか。