心理学総合案内・こころの散歩道

Sさんからのメール

Date: Sun, 05 Oct 1997 20:26:50 -0700

From: s

To: "うすい まふみ" <usui@second.n-seiryo.ac.jp>

Subject: 刺激的?な市民より

Status:

うすい様

ご多忙にもかかわらずご返事頂きありがとうございました。

私の主張は「道徳」と「罪と罰」とバランスをとりながら社会秩序を維持するといった実に単純なものです。別に罰を多用しましょうとは主張しておりません。

ただ軽微な犯罪者には再犯防止の為の教育(そこではあなたがたの報酬論も有効だと思います)を徹底して社会復帰をさせるべきですが、ある限度を越えた超極悪凶悪重大犯罪者には社会復帰していただく必要は感じません。

14才にして首を切り取り両眼をえぐりぬき口を耳までナイフで裂きそれを校門に晒しさらに別の少女を撲殺するような男は未来永劫に社会復帰していただかなくて結構です。

あなたはそう考えないのですから自己の主張が気楽でない事を証明する為にも男を将来あなたの助手にするとか、家族ぐるみでお付き合いするとか積極的に関ってあげたらいいと思います。殺人者が10年で出所するこの日本がいい国だといわれるあなたにふさわしい行動だと考えます。でもこの事はあなたの言うように思想の問題ですから議論しようがないですね。

さて私はあなたの主張の拠り所をデータで示していただくようお願いをしましたが、それはできないとのことで誠に残念でした。

そんな難しいものではなく例えばこの数十年間位の青少年一人当たりの犯罪発生率とその後の再犯率推移で十分だったのですが。

もし逓減傾向にあれば現行の青少年に大甘な法体系でも現実に合致していて、増加傾向にあればそれが現状にあっていない事を示しているでしょう。

こんなものなら自分でもどこかで調査可能とは思いますが、学者さんならこの種のデータでも用い明快に自己の主張の正しさを示すものと思っておりました。

私は現時点では数字はわかりませんが、もし逓減傾向にあったらあなたの思想にイヤイヤながらもご賛同申し上げます。

データを示さず「心理学では一般的」だとか言われても説得力に乏しいです。

死刑制度維持派は65%前後、反対派15%前後(どっかの世論調査でした)の趨勢ですが、心理学者の多くが恐らく反対派でしょうから(これは推測)少数派の多数といっても迫力はありませんね。

それから神戸には行っていないそうですが、一度でいいから現地を調査されたらどうですか。現地に行かず主義主張するななんて事は毛頭申し上げるつもりはありませんが、マスコミからは伝わってこない有益な情報がそこにはたくさんあります。

またあなたがた心理学の人達はなぜ被害者の遺族の心理を研究されないのかいつも不思議に思っております。まぁ少しはいるのでしょうが心理学会では注目はあびないのでしょうね。

最後に、自分があなたのような懐の深い愛情あふれた人間でない事を恥ずかしく思います。

sより


碓井からの返信

s 様

メールありがとうございます。

いつも返信が遅くてすいません。

> 私の主張は「道徳」と「罪と罰」とバランスをとりながら社会秩序を維持するといった
>実に単純なものです。別に罰を多用しましょうとは主張しておりません。

私も基本的には同様の考えです。

> ただ軽微な犯罪者には再犯防止の為の教育(そこではあなたがたの報酬論も有効だと思います)を徹底して社会復帰をさせるべき
> ですが、ある限度を越えた超極悪凶悪重大犯罪者には社会復帰していただく必要は感じません。

一般社会も、裁判所もそう考えています。

だからこそ、「死刑」や「終身刑」という考えがあるのでしょう。

問題は、「ある限度」の線引きです。

> 14才にして首を切り取り両眼をえぐりぬき口を耳までナイフで裂きそれを校門に晒しさらに別の少女を撲殺するような男は未来
> 永劫に社会復帰していただかなくて結構です。

一般的には、二人の人間を残虐な方法で殺せば、
死刑や無期懲役の判決が出てもおかしくないでしょう。
しかし、犯人が少年であったり、精神障害がある場合には、
私個人の考えだけではなく多くの国々の考えとして、
そのような判決は出にくいでしょう。

> あなたはそう考えないのですから自己の主張が気楽でない事を証明する為にも

・私は当事者ではないという意味で、気楽かもしれないと、最初のメールに書いたつもりです。

・自分の何かを他者に証明するためにある行為をとるのは、あまり健康的とは言えません。

私が誰かを助けるとしたら、それは私がその人を助けたいからです。

>男を将来あなたの助手にするとか、家族ぐるみでお
> 付き合いするとか積極的に関ってあげたらいいと思います。

私個人の考えではなく、社会の総意として、14才の少年には、
死刑や無期を科さないのです。(満場一致ではありませんが、
そういう考えをする裁判官や国会議員らを国民が認めているわけです。)

ですから、社会の責任として彼の更生に努めなければなりません。
実際に、国民の多額のお金と時間をかけて、
彼の更生をすすめようとしています。

さて、私個人としては、どうなのかと言えば、
おっしゃるような形で、積極的に関わることはできません。
そんな自分を恥ずかしく思います。

(他の例:私は、マザーテレサのようにはできません。
里親になって里子を引き取ることも、今のところできません。
でも、そんな自分や、同じような思いの他の人達を
ダメな人間だと責める気持ちにはなれません。
私も、いくらか寄付をしたり、子供達と半日遊ぶことならできます。
それは無価値なことではないし、偽善でもないと思っています。)

あの少年の家族が、もしも私の町内に越してきたら、
私はご近所の一人として、普通におつきあいしたいと思います。
私で力になれることがあれば、力になりたいと思います。
(もちろん、少年が社会復帰できる状態かどうかも
考えなくてはならないでしょう。
必要があれば、医療機関や福祉機関に入所することもあるでしょう。)

現実に、いずれどこかの町にやってきます。
石をぶつけ、町から追い出せばいいのでしょうか。

>殺人者が10年で出所するこの日本がいい国だといわれるあなたにふ
> さわしい行動だと考えます。

殺人者が10年で出所するのが良いことだと言っているのではなく、
それでも諸外国に比べて殺人事件が少ないことが良いことだと、
前のメールに書いたつもりです。

>でもこの事はあなたの言うように思想の問題ですから議論しようがないですね。

議論しようがないとは思わないのですが、
心理学の学習ページ(このサイト)ではどうかなと思いました。

> さて私はあなたの主張の拠り所をデータで示していただくようお願いをしましたが、それはできないとのことで誠に残念でした。

報酬と罰に関しては、たとえば
「行動分析学:行動と文化」講談社
「行動療法」(講座サイコセラピー2)日本文化科学社
「行動工学とは何か:スキナー心理学入門」佑学社
などの文献があります。

道徳的行動に関しては、
「思いやりの発達心理:向社会的行動の発達」金子書房
「道徳的行動の心理学:自己抑制と愛他行動の形成」有斐閣
などがあります。

これらの内容も、ホームページ上の他のページで今後展開していきたいと考えています。

少年非行に関しては、
「非行をどのように治すか」 誠信書房
http://www2.n-seiryo.ac.jp/TEACHER/usui/news/hikou.html
等をご参照下さい。

> そんな難しいものではなく例えばこの数十年間位の青少年一人当たりの犯罪発生率とその後の再犯率推移で十分だったのですが。

これは私の誤解でした。すいませんでした。

> もし逓減傾向にあれば現行の青少年に大甘な法体系でも現実に合致していて、増加傾向にあればそれが現状にあっていない事を示しているでしょう。

> こんなものなら自分でもどこかで調査可能とは思いますが、学者さんならこの種のデータでも用い明快に自己の主張の正しさを示すものと思っておりました。

> 私は現時点では数字はわかりませんが、もし逓減傾向にあったらあなたの思想にイヤイヤながらもご賛同申し上げます。

> データを示さず「心理学では一般的」だとか言われても説得力に乏しいです。

以下は朝日新聞からの引用です。

http://asahi.cab.infoweb.or.jp/paper/suma/970726m01.html

 〜しかし、法務省だけでなく日ごろ少年法にかかわっている人々からは、いかにも感
情的で冷静さを欠いた議論に映るようだ。ある法律関係者は言う。

 「少年犯罪の凶悪化というが、どこにそんな事実があるのか。神戸の事件はたしか
に極めて残虐だが、それだけに現実感に乏しく、少年法制全体に及ぶだけの普遍性が
あるのか、大いに疑問だ」

 犯罪白書によると、1995年に検挙された少年の刑法犯は14万9137人で、
10年前に比べて10万人以上減った。また、少年法が施行された49年に殺人を犯
した少年は344人、強盗は2866人いたが、95年はそれぞれ80人、873人
で4分の1程度になっている。

次は、平成8年犯罪白書http://www.moj.go.jp/HOUSO/houso01.htmです。

 平成7年における少年の刑法犯検挙人員は,19万6,825人で,
前年と比べて 5,012 人(2.5%)の減少となっている。
交通関係業過を除く刑法犯検挙人員 は,14 万9,137 人で,前年と比べて5,942人(3.8%)減少〜

松江警察署のホームページから
 Q8 触法少年の伸び率は?

 触法少年については、件数的には、窃盗犯の急速な減少が平成7年度で止まり、平
成8年から増加に転じており、マイナス傾向である。凶悪犯や粗暴犯は、特に目立っ
た動きはない。

Q11 成人の刑法犯は減少傾向であるが、少年の刑法犯が増えているのはなぜか?

 確かに最近5年間の傾向をみると、平成7年を底として上昇傾向であるが、戦後か
らの動きを見ると件数的には大きな問題が生じているとは思えない。戦後において、
非行の山は昭和27年前後と昭和39年前後の2回と昭和58年ころから平成元年に
かけての高原状態の合計3回訪れた。特に昭和58年から平成元年にかけての高原状
態は、非行少年が18万人を超える年が連続して続き、大きな問題となった。それと
比較して平成8年度の13万241人は、増加傾向とはいえ、現時点では、これらの
ピークと比較して、目立った数値ではない。
(ただ、悪質な犯罪が目立つことは指摘されています。)

* * * *

統計データの解釈も、なかなか複雑になってしまうのですが、
一般的に、件数でも発生率でも、戦後3回の山があったと言われています。
単純に増え続けたり、減り続けているのではないようです。
ある時期に増え、そして減少しています。

最後の山は10年前にあり、その後は減り続けていましたが、
ここにきて、その減少がストップしたようです。
平成9年の白書も同様の傾向を示しています。

また、少年法が施行された年と現在の殺人犯や強盗犯の数を比較すれば、
4分の1程度になっています。

これらの変化は、単純に刑罰の軽重が原因なのではなく、
社会の様々な要因が複雑に絡み合った結果だと考えられます。

再犯率の推移については、良くわかりません。

ただ、関係各所は、以下のように述べています。。

法務省の少年院のホームページ
http://www.moj.go.jp/KYOUSEI/kyouse04.htm

 少年たちは,少年院での教育を通して,自らの問題を見つめ,改善して社会に戻っていきます。二度と犯罪・非行を犯さないという決意を実現するためには,本人の努力のほかに,社会の人々の温かい心と援助が不可欠です。立ち直りつつある少年たちへの御理解と御支援をお願いします。

松江警察のホームページ

再犯

人に犯罪者のラベルを貼ることの問題である。この中でラベルを貼ることの危険性とは、すなわち警察などが、検挙した非行者を世間に知らせるならば、当人に村する周囲の人の拒否的態度を引き出し、あるいは当人をひがませ、結果として当人を次なる非行に追いやるであろう。

Q10 非行の再発防止に有効な対応・処置は?

 これら精神病質者(人格障害)の特徴を理解し、これらを本人、家庭、学校、関係機関が改善させていくことが、再非行防止につながると考えられる。

 具体的には、

非行者本人-

 非行を反省して素直になる。積極性を持つ。目的や計画を持つ

家庭-

 家庭内を非暴力化させるとともに少年を家に落ちつかせる。親が子への自覚を持つ。親子間の親和としつけの実行

友人関係-

 友人関係で疎外されない。友情の獲得

* * * *

> 死刑制度維持派は65%前後、反対派15%前後(どっかの世論調査でした)の趨勢ですが、心理学者の多くが恐らく反対派でし
> ょうから(これは推測)少数派の多数といっても迫力はありませんね。

私も心理学者の多くがどんな意見なのか知りません。
ただ、研究者の言うことは、少数派であり、迫力はなくても、
もしも正しいと思えることならば、尊重すべきだと思います。
地球温暖化でも、オゾン層の破壊でも、
一部の学者が言っているだけだと無視すべきことでしょうか。

たしかに、社会の問題や人間の心の問題は、他の自然科学のようには、
明確にわからないのも事実ですが。

> それから神戸には行っていないそうですが、一度でいいから現地を調査されたらどうですか。現地に行かず主義主張するななんて
> 事は毛頭申し上げるつもりはありませんが、マスコミからは伝わってこない有益な情報がそこにはたくさんあります。

s さんは神戸の方なのでしょうか。
ぜひ、有益な情報がありましたら、お教え下さい。
実は、よほど行こうかと思ったのです。
その雰囲気を肌で感じるだけでも、違ったでしょうね。
結局今日まで行かないのは、私の実行力のなさと怠惰のためです。

神戸には知り合いもいますし、また、
ホームページを通して、事件に近い人とも知り合いになりました。
いずれ、お会いしてお話が聞ければと願っています。

(他の例:福井の海岸に重油が着いて大変だったとき、
それに関心を持ちましたが、現地には行けませんでした。
新潟(現在の居住地)に漂着しそうになったときには、
私も、必要な道具を買いそろえ、ボランティアの基地に行き、
学内でもポスターを貼って呼びかけを行いました。
(結果的にはほとんど漂着しませんでしたが))

ところで、私が現地に 行って、
アンケート用紙などをどんどん配って調査するのがよいかと言えば、
少し、考えてしまいます。
神戸の震災のとき、たくさんの心理学者達が現地に行きました。
歓迎された人もいましたが、邪魔にされた人もいました。

少なくても混乱している真っ最中には、
その分野の専門の人(たとえば災害心理とか犯罪心理が専門の人)が、
しかも、現地にとって少しでもプラスになるような形で、
研究を進めるべきだと考えています。

> またあなたがた心理学の人達はなぜ被害者の遺族の心理を研究されないのかいつも不思議に思っております。まぁ少しはいるので
> しょうが心理学会では注目はあびないのでしょうね。

心理学はまだ若い科学です。最初は緊急のテーマから研究がされてきました。
犯罪に関して言えば、犯罪を防止するために犯罪者の心理の研究です。
しかし、近年、被害者のための研究も始まっています。
犯罪学の中でも、被害者学の研究が始められています。
アメリカでは、犯罪被害者にすぐにカウンセラーがつくようなシステムができています。
日本でも、研究と同時に実際のシステム作りが必要だと思います。

参考:現代のエスプリ(95.7)「犯罪被害者:その権利と対策」

長文におつきあいいただきまして、どうもありがとうございました。

追伸

・「刺激的」と申し上げたのは、sさん自身のことではなく、
メールの内容です。そしてもちろん刺激的というのは、良い意味で使っています。
ご理解いただけていますでしょうか。

季節の変わり目ですので、ご自愛のほどお祈り申し上げます。


補足:少年法制定当時との比較や10年前の比較ですと、減少していると言うことになります。去年との比較とか、2年前の比較ですと、場合により、変化がないとか、増加とか言うこともあるようです。


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