心理学総合案内こころの散歩道/ニュース/ JR福知山線尼崎脱線事故・PTSD(新潟青陵大学:碓井真史)

JR福知山線脱線事故から学ぶ
ヒューマンエラーと心の傷の心理学2

こころの傷・PTSD

3. 事故調報告書を読んで06.12.20
ヒューマンエラー再考:エラーを犯したその後で

2005.5.9

列車事故と心の傷(PTSDの歴史)

 大きな事故、事件を経験するとき、私達は深く傷つきます。自分や家族の命が危険にさらされるような、天災、人災、戦争。心は深く傷つき、時には長くその影響が残ってしまう(PTSD 心的外傷後ストレス障害になる)場合もあります。
 交通関連の事故では、毎年多くの人がなくなっています。何百年も前から、都市部での馬車による交通事故死が多数見られました。そこでも、深い心の傷を負う人はいたわけですが、現在のPTSDにあたる症状が目立ち始めたのは、鉄道列車の登場からでした。
 一人の人が亡くなるということにおいては、どの事故でも同じように悲惨ではあります。しかし、想像してみてください。一人の人が馬車の事故でなくなる場面と、列車の大事故で100人がなくなる場面を。
乗客にも、周囲の人にも、鉄道事故は大きなインパクトを与えます。
 天災でも、多くの人が甚大な被害を受けます。深い心の傷を負うこともあります。ただ、これも想像してみてください。夕立でずぶぬれになったときの感情と、だれかに水をかけられてしまったときの感情を。

 100年前。鉄道は、最新型の乗り物でした。人間は、大量高速輸送の時代を迎えたのです。線路は次々と伸びていきます。しかし、そこには安全重視の考えが不十分でした。大規模な事故も続発しました。
 突然の事故。今回の事故のように、当時の事故でも、周囲には悲惨な状態の多くの遺体や負傷者があふれています。馬車よりも、ずっと高速で巨大なものが事故を起こしたのです。
救出されるのにも、時間がかかります。たった今、隣に座って話していた友人や家族が、大けがを負い、死んでいきます。救出された人々も、深い心の傷を負いました。
 当時のアメリカの記録などを見ても、今から思えばPTSDと思われる症状が出てきます。しかし、それを体の傷と同じような心の傷だと理解することはできませんでっした。
 保証金目当てに具合の悪いふりをしているだけだとか、「鉄道脊椎」というよくわけのわからない診断名をつけられた人もいました。
鉄道の歴史は、安全でスムーズな移動を目指した技術進歩の歴史であるとともに、実は事故による心の傷との戦いの歴史であったかもしれません。

現代の鉄道・今回の事故

 現代では、鉄道は最も安全な乗り物です。今回の事故でも、車では危ないから電車で行きなさいと言われて、あの電車に乗り、亡くなった人もいました。飛行機に乗るときには不安を感じる人はいても、電車は安心して利用するでしょう。
 それだけに、今回の福知山線脱線の大事故は衝撃的でした。
自分自身が命に関わる大事故を体験したことに加え、電車に乗っていた方々は、今まで見たことがない「地獄絵図」を見ることになります。
人にはさまれ、身動きが取れないまま、周囲からのうめき声が聞こえ、誰かから流れ出ている大量の生暖かい血が、洋服をぬらします。気が狂いそうだったと証言している生存者もいます。
救出後も、すぐに救急車に乗れたわけではなく、路上に置かれていた人もいます。病院へ行っても、まるで野戦病院のような混乱状態だったといいます。
今回の事故の被害者のみなさんは、他の事故での被害以上の心の傷を負ったことでしょう。
 あのマンションの住民の中には、ものすごい音と衝撃に驚いて、ベランダに出て、あの光景を見てしまった人もいます。テレビには映せない惨状です。ありえない方向に折れ曲がった手足。引き裂かれた胴体。
「見るな!」と叫んで、あわてて子どもの目をふさいだという人もいます。
 多くの人たちがすぐに救助にかけつけました。救急車が到着する前から、救出活動を行い、温かな言葉をかけてくれました。すばらしい活動です。
しかし、この方々も心の傷を負ったことでしょう。
 プロも駆けつけます。迅速な救出活動をはじめます。プロであれば、慣れていますから、心の傷を負うことはないでしょうか。いいえ、プロであっても、普通はこんな大事故には遭遇しません。かれらも、傷つきます。

こころの傷・PTSD

 命に関わるような大きなショックを受ければ、誰もが心に深い傷を負います。本人はもちろん、ご家族、ご遺族も、深い心のキスを受けます。目撃した人で心の傷を受ける人もいるでしょう。
被害を受けた直後に、恐怖や不安を感じるのは当然です。今は電車に乗りたくないなど、似ている状況を避けることもあります。
 新潟中越地震の被災者が、家は怖いと言って、客観的には危険がないのに車で寝ていた人がいたのも同じです。乗り物の事故の場合、同じ乗り物には乗れないと感じる人、乗り物すべてに恐怖感を持ってしまう人、さらに乗り物ではなくても、乗り物のように揺れるものに不安を感じてしまう人もいます。
 また、大変な悲しみや衝撃を受けているはずなのに、ぼんやりとしてしまい、現実感がないということも良く見られることです。頭が真っ白になったような状態、現実を受け入れらない状態です。遺族の中には、悲しいはずなのに悲しめないことで、さらに苦しむ人もいます。
自分が生き残ったことに罪悪感を感じてしまう人もいます。
これらを、急性ストレス障害(ASD)といいます。
 このような様々な心身の症状がさらに長引くとき(あるいは後になって出現するとき、PTSDと呼ばれます。
PTSDの症状
 眠れない、悪夢を見る、小さなな物音に驚く、似たような状況に不安を感じ近づけない、被害を受けたときの感情がフラッシュバック(リアルに再現)される、といった症状が見られます。
そのほかにも、、無気力になったり、無力感を感じたり、罪悪感を感じることもあります。自分が小さな存在に思えたり、汚れた存在に思えるときもあります。
集中力が続かない、イライラする、怒りっぽくなることもあります。
このような症状が1ヶ月以上続くとき、PTSDと呼ばれます。
PTSDの治療、あなたにできる援助
症状が重い場合には、専門家による治療が必要ですが、周囲の人間の役目も重要です。
PTSDは、被害の大きさだけではなく、被害後の環境によって大きく左右されます。
 たとえば同じような戦争を体験してきても、帰国後に英雄として迎えられた第二次大戦では心の症状が目立たなかったのに、帰国後に英雄どころか責められてしまったベトナム帰還兵には、多くの心の症状が見られました。
深い心の傷を負っているときに必要なことは、体の深い傷も同様ですが、無理をしないということです。
責任感のある能力のある人ほど、無理をしてしまいます。周囲の状況が無理を強いることもあるでしょう。
休ませて上げましょう。
 調査や取材も必要なことはあるでしょうが、様子を見ながら、守ってあげましょう。本人が元気に見えるときにも、配慮が必要です。
ストレスが襲ってきたときに、すぐに精神的に崩れ落ちる人もいますが、かえって元気を出す人もいます。葬儀の準備で、動きつづけ、眠らず、食事もとらなくても、疲労を感じない人もいます。
しかし、実際には、心も身体も疲れ果てています。休ませて上げましょう。
今後長く続く取材や調査、補償交渉など、守ってくっれる人、代理になってくれる人がいるのといないのとでは、大きな違いがあります。
心の傷を癒すのには、大きなエネルギーが必要です。
代われる作業は代わってあげることも大切です。
様々な心の症状が表れたとき
 そのことで、不安がり、自分を責める人もいます。PTSDなどと言う言葉がこれほど有名になっても、いざ自分に症状があらわれれば、誰でも戸惑います。自分はおかしくなってしまったのではないか、この症状はもう治らないのではないかと、不安になります。
たしかに普段とは違う心身の状態が表れてはいるが、それは誰もが経験する普通のことだし、回復できるのだと理解できるように、支えましょう。
 あんなにしっかりしていた人に様々な症状が表れたとき、家族も不安になります。家族どうして支えあいましょう。その家族をまた、周囲の人間が支えましょう。
感情の表現
 大きなショックを受けたとき、人は話をしたくなります。話を聞いてあげましょう。下手に励ますよりも、ひたすら話を聞いてあげましょう。泣くな!と叱るのではなく、泣かせて上げましょう。感情を外に出すことは、とても大切です。ただし、無理に話を聞き出してはいけません。
身近な人が
 心の傷を癒すためには、状況によって、精神科医も不必要ですし、カウンセラーも必要です。薬が必要なときもあれば、精神療法が必要なときもあるでしょう。
しかし、プロだけができるのではなく、家族や親友だからこそ、できることもあります。身近な人間が、話を聞いてくれた、一緒に泣いてくれたということが、大きな力になることもあるのです。
生活を支える
心の傷を癒すといっても、いわゆるカウンセリング的なことだけが大切なのではありません。生活全般をささえることが、心の支援にもつながります。
突然のことで、日常の家事に困っている人や、金銭的に不安を感じている人も多いでしょう。様々な人との対応や手続き、書類作りに悩む人もいるでしょう。
時間はかかる
心の傷の癒しには、時間がかかることがあることを理解しましょう。世間は、次々とニュースを忘れていきますが、被害者の多くは、あの日以来「時間が止まったようだ」と語ります。
よりそう
 時には、ただそばに座っているだけで、大きな援助になることもあります。孤独感を持ちがちな被害者の、支えになれることもあります。家族や恋人、親友であれば、なおさらでしょう。
*このように支えていくことが、心の後遺症のようなPTSDになることを予防することにもつながるのです。
3. 福知山線脱線事故調報告書を読んで
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PTSD 心的外傷後ストレス障害(心の傷に負けないために)

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リンク
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