こころの散歩道 /自殺の心理/松岡大臣の自殺(新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科・ 碓井真史)
2007.5.28
ウェブマスターによる新刊(2010年5月27日発行)
『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』
自殺といのちについて考える全てのひとのために
2007.5.28、自民党の松岡利勝農林水産大臣(62)が議員宿舎で自殺しました。何通かの遺書が残されていたということですが、現時点では公表されていません。
亡くなられた松岡大臣は、農林水産問題に詳しく、期待され昨年閣僚入りを果たしましたが、資金管理団体による多額の光熱水費問題で、激しい追及を受けていました。
(光熱水費無料の議員会館に事務所を置きながら、5年間で約2880万円の水道光熱費を計上、野党からの質問に答えて、「何とか還元水といったようなものをつけている」等と答えていました。」
さらに、緑資源機構をめぐる談合問題でも、追求を受け始めていました。
自殺の動機は、現在のところ不明です。
松岡大臣は、議員宿舎のリビングで、パジャマ姿で首をつっているところを発見され、すぐに病院へ運ばれましたが、意識を回復することはありませんでした。
戦後、現職の大臣が自殺したのは初めてのことであり、政界にも衝撃が走り、各ニュースでもトップで扱われています。
現状では動機は不明です。
しかし、様々な調査から自殺者の9割は、何らかの形で心が痛んでいる状態(何らかの精神障害を有する状態)だとされています。一番多いのは、うつ状態であり、自殺者の約4割はを占めるとされ、特に中高年の自殺の場合はその割合が高いと考えられます。
このような書き方をすると、自殺した方、うつになった方が、特別心の弱い人間だと誤解をされる人もいるかもしれません。しかし、多くの場合、自殺者はまじめな人々です。特に心の弱い人たちだけが自殺するわけではありません。
むしろ、考えられないような強く立派な方々が自殺されています。
松岡大臣も、若いころから勉学とスポーツ(空手)の励み、普通以上の有能さと、責任感と、精神的な強さを持っていたことでしょう。そうでなかれば、大臣まで登りつめることはできないでしょうし、国会で、カメラの前で、激しい追及を受けながら答弁をすることなど、とてもできないでしょう。
しかし、どんなに強靭な肉体を持っている人でも、ケガをすることもあれば、病気になることもあるように、どんなに強い精神を持つ人でも、心が病むことはあります。うつになることもあります。
松岡大臣には、非常に深い人生の悩みがあったのかもしれません。複雑な政治的背景があったのかもしれません。しかし、人はそれだけでは自殺しないでしょう。うつ状態だったのかも不明ですが、何らかの形で心が弱った状態になり、パジャマのまま自殺を図ったのではないでしょうか。
きわめて深く複雑な問題があったとしても、もしかしたら、うつの薬を飲むことができていれば、自殺は防げていたかもしれません。
*たった今(5.28.22:15)の報道で、遺書は6通だと報道されました。内容はわかりませんが、各々、総理大臣宛、国民の皆様あてなどであり、その宛名からは冷静さと責任感の強さを感じます。ただ、今までの事例でも、おそらくうつ状態であったであろう人が、すばらしい文面の遺書を残して自殺している例は多々あります。
日本の年間自殺者は、1万5千人から2万5千人ほどの間で増減してきましたが、1998年に3万人を超えて以来、毎年3万2千人前後の自殺者が出ています。
この増加分の多くは、中高年の男性です。日本の中高年男性は危機的状況にあります(中高年の犯罪も増えています)。経済的な不況も自殺の遠因かもしれませんが、景気が回復しつつあっても、残念ながら自殺者数は減っていません。
経済的問題、仕事の悩み、家庭の悩み、うつなどの心の病などが、複合的に働き、自殺者が増えていると思われます。働き盛りの過労自殺なども話題になります。
このような中高年を襲う危機的状況を「中高年クライシス」などと呼ぶこともあります。
悩める中高年が増え、うつも増え、その中で、中高年の自殺が増えています。
自殺報道と自殺の広がり
大きく、センセーショナルな自殺報道が、次の自殺を誘発することは、自殺予防研究者の間では常識的です。多くの自殺が続発することを「群発自殺」といいます。自殺を美化したり、自殺方法を詳しく報道しすぎたりすることは、危険です。
有名人、あるいは事件の渦中にある人の自殺は特に大きく報道されます。
自殺で亡くなった衆院議員は過去5人いたそうです。最近では自民党の新井将敬衆院議員が1998年、衆院本会議で逮捕許諾請求が議決される直前にホテルで自殺ししています。このときも大きな報道がなされました。
その一週間後、ホテルで3人の会社社長が自殺しています。
自殺報道の影響を受けやすいのは、自殺者と類似点の多い人々です。通常は青少年と比べて、行動の抑制が効くのが中高年のはずですけれども、近年は中高年の心も揺れています。
松岡大臣と同世代の男性、大臣のように思い責任を負っている人、責任を追及されている人、大臣に強い共感を感じる人々が危険です。報道の配慮とともに、周囲の配慮が必要です。
自殺予防のために
日本の社会は、一方で「切腹」のように自殺を美化する傾向があり、また一方で「死」に関して話すことを非常にタブー視する傾向があります。このような背景が日本の自殺者を増やす原因のひとつではないでしょうか。
また、日本人、特に男性は感情表現が下手です。中高年はさらにそうかもしれません。立派な人ほど、自分だけで責任を負おうとするでしょう。
死にたい気持ちを語ることができること、それが大きな自殺予防になると思います。
もうひとつが、気軽に精神科を訪問できることでしょう。
私たちが、もっと互いに弱みを出すことができ、必要な医療を受けることができれば、多くの自殺を予防することができるでしょう。
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