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私たちは神戸小学生殺害事件から何を学んだか


11.29

 今回の衝撃的な事件について、膨大な報道がなされました。しかし、私たちは、この事件を通して、いったい何を学んだのでしょうか。加害者への怒りの感情と、目新しい言葉をいくつか覚えただけでは、この事件から、私たちは何も学ばなかったことになります。

 センセーショナルで、時にはヒステリックでさえあった一部の報道もようやくおさまり、落ちついた形での報道や出版が始まっています。

たとえば、


朝日新聞 追跡 神戸児童殺傷事件」97.10.18〜11.11

「神戸小学生殺害事件:事件の背景とこれからを考える」児童心理97.11別冊 金子書房

壊れた14歳―神戸小学生殺害犯の病理 」 WAVE出版 97.10


 私たちも、もう一度落ちついて、事件と少年の処分、今後の更生や少年犯罪について考えてみたいと思います。
(このページの情報の一部は、読者の広場でも紹介したものです。また、同じ主旨の投稿を松江警察署のホームページにもいたしました。)

 当ホームページにも、様々なご意見が寄せられました。多くは筆者の主旨に賛成のご意見ご感想でしたが、手厳しいご批判のメールもいただきました。「読者の広場」で、筆者との意見の交換を公開いたしましたが、特に反対意見とのやりとりは、ほとんどご紹介してきました。

 他のホームページやマスコミでも、様々な意見が出されました。被害者やご遺族のお気持ちを考えると、「加害者の少年には極刑を!」とのご意見も感情的には理解できます。また自分たちが被害者になるかもしれないという不安も、もっともなことだと思います。

 様々な意見はあるものの、同様の事件の再発を防ぎたいという思いでは、一致できるものと信じています。しかし、「殺人犯は、子供でも、精神障害者でも死刑が当然だ。少年法で子供を甘やかすな!」といったご意見は、法律上、あるいは国際社会の常識上、再発防止という点からみて現実的ではないようにも思えます。また、専門家や関係諸機関との意見の違いも気になるところです。


・犯罪者への刑罰(死刑)について

 日本では、「実際に発生した殺人事件のうち犯人が死刑に処せられるケースは0.1%程度に過ぎない」そうです(「死刑存廃の重要論点」)。「殺人者は死刑だ!」という考えとはかなり差があります。現実的ではありませんが、仮に死刑を10倍に増やしても、それでも死刑になるのは、殺人犯の100人に一人です。でも、それでは日本では殺人が多発しているのかと言えば、そんなことはありません。

 中国は死刑判決数世界一だそうですが、犯罪防止にはあまり効果は上がっていないようです。(「中国はやっぱり「世界1」:おそるべき死刑制度の実態


・子供や精神障害者への刑罰

 

 たしかに、大きな犯罪には大きな刑罰が与えられることは大原則ですが、それと同時に、現代では、年齢に関わらず子供を大人同様に裁くことはないでしょう。

 イギリスでは、19世紀前半まで、多くの子供を死刑にしてきました。たとえば、13才を詐欺罪で、7才を放火罪で、そしてスプーンを盗んだ9才児の公開処刑が最後になりました(「死刑全書」)。
 私たちの社会を、このような社会にした方がよいのでしょうか。私は以前、放火を繰り返して「保護」された幼稚園児に会ったことがあります。この子か、または親を、重罰に処すべきなのでしょうか。

 元最高検察庁検事の堀田力は、10才や6才の子供でも法律で処罰することを決めたら、罰することができるかと自問し、「そんな規定は無効だ」と答え、判断能力の不十分な者に社会は責任を問えないと述べています。(「学問はどこまでわかっていないか」)

 また、古代から「狂気乱心の者を罰しないのは、人類共通の考え」だそうです(小田晋「人はなぜひとを殺すのか」)。 「殿、ご乱心!」となれば、座敷牢には入っても責任を問われて切腹にはならないのでしょう。
 精神障害者に関する日本の法律も、精神障害者への人権への配慮が足りないとの国内外からの批判を受けて行われてきた経緯があります。

 このような現状で、子供でも精神障害者でも正常な成人と同様に罰するように法改正しようというのは、現実的だとは思えません。もちろん、現実的ではなくても、それが世界に誇れる正しいことならば、改革を目指すべきでしょうが、そうとも思えません。


・少年犯罪の心理と原因

 当ホームページでもご紹介した「非行をどのように治すか」(黒川昭登 著)や松江警察署の「少年非行Q&A」にあるような考え(「幼児期の父子・母子関係にめぐまれず、社会化が不十分であり、学校でも孤立無援の感情の中に育ち、絶望感・抑うつ感に支配されながら......)が、専門家の間では一般的です。
 少なくとも、心理学的には、非行は広い意味での心の病であり、愛に飢えていると考えられます。

 また松江警察署の「少年非行Q&A」で紹介されている「非行原因に関する総合的調査研究(「非行の原因」 麦島文夫著)」には、以下のような調査結果が紹介されています。

「「ともかく人から罰せられないようにすべきだ」とか、「皆からほめられるようにしていれば間違いない」などの意見に対しては、非行群の方が一般群より賛成が多い。これは道徳的判断として、他者からの賞や罰が基準になり易い傾向にあるとも言える。このことは、コールバーグの道徳的発達段階で言うと最も低い段階の反応なので、非行少年が道徳的に問題がある〜」

 非行少年達も、罰を避けようとは思っていたのです。でも、そのような「他律的な道徳観」では不十分であり、罰がなくても悪いことはしないという「自律的な道徳観」が必要なのです。そして、それは、ただ罰を重くするだけでは身に付かないのです。

参考:

「道徳行動の心理学」 有斐閣

「思いやりの発達心理」 金子書房


・精神障害について

 精神障害に関する私たちの知識と理解は、とても不十分です。神経症と精神病の区別も十分につかないまま、DSMとか行為障害とかいう言葉だけが飛び交いました。彼らへの偏見と差別も、まだまだ根深いものがあります。
 犯罪を防止するためには、興味本位の事件の謎解きだけでは不十分です。犯罪防止のためにも、精神障害の予防、早期発見、再発防止、社会復帰のためにも、精神障害に対する正しい知識を広める必要があると思います。

 かつて羽田沖で、機長が精神障害のために逆噴射をして、飛行機を墜落させる事故がありました。もし、このとき、周囲の人が精神障害に対する理解をもっと持っていれば、この事故は防げていたと思います。


・少年犯罪者の更生、社会復帰について

 数年後に、神戸の少年が社会に戻ってきたら、町から追い出してやるとか、監視を付けろとか、自警団のようなものを結成しようといった意見さえあるようです。しかし、それは法律上許されないこともあるでしょ。また、事件の再発防止の上からも大いに疑問です。

 松江警察署の「少年非行Q&A」では、「〜警察などが、検挙した非行者を世間に知らせるならば、当人に村する周囲の人の拒否的態度を引き出し、あるいは当人をひがませ、結果として当人を次なる非行に追いやるであろう。」として「友人関係で疎外されない。友情の獲得 」などが必要だとという考えを紹介しています。

 法務省の少年院のホームページには、以下のようなお願いが掲載されています。

「少年たちは,少年院での教育を通して,自らの問題を見つめ,改善して社会に戻っていきます。二度と犯罪・非行を犯さないという決意を実現するためには,本人の努力のほかに,社会の人々の温かい心と援助が不可欠です。立ち直りつつある少年たちへの御理解と御支援をお願いします。」

 当ホームページへのご意見の中には、そんな甘いことを言い広めるのは、かえって犯罪の増加につながるというご意見もありました。もし、そうだとすると、警察署や法務省も、少年犯罪の増加に荷担しているのでしょうか。もちろん、そんなことはないと思います。

ただし、快楽殺人の再犯防止には、さらに深い配慮が必要だとは思います。


・少年法の改正について

 もしも問題点があるのならば、少年法の精神を尊重した上で、必要な改正を行うべきだと思います。快楽殺人など、重い性格障害者の処遇には改善すべき展もあるでしょう。ただ、全面的に改正することは現実的には考えられないと思います。
 だとすると、年齢を1〜2才引き下げたり、少年院の収容年数を数年間延ばしたとしても、抜本的な問題解決にはならないでしょう。
 もっと年下の犯罪があるかもしれませんし、その程度の処分では被害者は納得しないかもしれないからです。問題解決のためには、それ以外の社会や家庭や教育の改善も必要だと思います。

 また、専門家からは、裁判手続きの問題などを除けば、少なくとも大きな改正をしようという声はあまりあがっていないようです。たとえば、朝日新聞の97.7.26では、法律関係者の言葉として、「今回の事件は残虐なものだが、少年犯罪全体が凶悪化しているわけでない」とし、さらに、少年法施行時と比較して、殺人や強盗は約4分の1になっていると紹介しています。


・被害者の人権

 加害者の人権を語ることは、被害者の人権を無視することにはなリません。もちろん、被害者の人権について、深く考えなければなりません。

参考:現代のエスプリ(95.7)「犯罪被害者:その権利と対策」


・専門家、関係諸機関の考えと私たち

 言うまでもなく、専門家の言うことが全部正しいわけではありません。心理学者が人間の全てをわかっているわけではありません。人間の心や行動は謎だらけです。

 でも、専門家の意見を無視して、ただ自説を述べるのは賢明だとは思えません。また、私自身も含めて、各領域の専門家、諸機関は、自分たちの主張を一般にも良くわかるように説明する社会的責任があると思います。

 今回の事件を通して、私自身は、心理学や犯罪学上の常識や定説が、なかなか一般の方々には伝わっていないことを学びました。


・私たちは何を学んだか。

 犯罪と戦い、防犯のために努力することはとても大切です。日本がアメリカの後を追っているとすれば、少年犯罪が凶悪化し、快楽殺人も増えるかもしれません。

 しかし、何であれ殺人者は死刑にするとか、町にやってきたら追い出すというのは、現状では現実的ではありません。また、前述したように、この種の犯罪の抑止にも効果が高いとは思えません。少年Aへの憎しみが、ただ憎しみの感情だけで終わり、難しい言葉をいくつか覚えただけでは、何も学んだことにはなリません。

 正しい知識と理解のもとに、家庭、学校、地域、警察、病院、インターネット、そのほか関連諸機関や専門家らが、たとえ意見は違ったとしても、協力しあっていくことこそが必要ではないでしょうか。今回の事件に関しても、両親を始め、誰も少年が再び犯罪を犯すことをを望んでいません。それでは、どのように私たちはその家族を支え、協力していくかが問われています。

 私は特別なことはできませんけれども、もし私の近所に少年の家族が越してきたら、ご近所の一人として、普通につきあいたいと思います。何か力になれることがあれば、力になりたいと思います。ただし、もし再犯の危険性があるのなら、医療や福祉の手助けも必要でしょう。

 犯罪防止の特効薬はありません。だとしたら、少しでも良い家庭、学校、社会を作るために努力し続けるしかないと思うのです。この事件をきっかけに、同様の不幸な犯罪の再発を少しでも防ぐことができれば、それが今回の被害者の死を無駄にしないことにもなると思うのです。


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