新潟青陵大学大学院(碓井真史) /心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座) /犯罪心理学/自白と冤罪の心理学




犯罪心理学:心の闇と光

自白と冤罪の心理学2

なぜ人は嘘の自白をするのか

2009.6.5(6.8補足)


重い刑罰をうけるのになぜ嘘の自白をするのか:今の苦しみからのばれるため

逮捕され取り調べを受けている人は、すさまじい苦しみの中にあります。刑務所で刑罰を受けるのは先の話であり、今現在の苦しみから逃れるためには、嘘でも自白をすれば良いと思ってしまうのです。
私たちは、遠い先の報酬や罰よりも、目の前のことに左右されてしまうのです。それは、特別に弱い人だけの話ではありません。
甘いケーキを食べれば、今すぐおいしさと満腹感という幸福を手に入れられます。一方ダイエットの効果が表れるのは、ずっと先です。だから、ダイエットは失敗し、多くの人はケーキを食べてしまうのです。
報道によれば、菅谷さんはこう語っています。
「日は暮れ、心細くなって、このまま家に帰れないかもしれないと思うようになった」
「今から考えると自分でも分からないが、話をしないと、調べが前に進まない。早く終わらせたかったんだと思う」

なぜ嘘の自白をするのか:その方が有利だと考えてしまうから

いつまでも自白しないと、家に帰れず、裁判官の心証を悪くし、さらに重い刑罰を受けることになると脅され(時にはだまされ)、反省を示し自白をしろと責められます。
実際に事実無根でもチカンの疑いをかけられたら、下手に逆らって裁判などにせず、嘘でもすなおに罪を認めてしまったほうが簡単だとアドバイスる人もいます。
交通違反の疑いをかけられ、絶対に自分は違反していないと確信していても、裁判などになってしまえばかなりの不利益をこうむるでしょう。実際には違反していない時でも、違反を認めてしまうこともあるでしょう。
もちろん、無期懲役や死刑の可能性がある事件で、無実なのに自白してしまうことは不合理ですけれども、心身ともに追い詰められ冷静さを失ってしまえば、偽りの自白もしてしまうのです。

なぜ嘘の自白をするのか:きっと大丈夫だと思っているから

無実の人は、自分が刑罰をうけることに現実味がありません。きっと真実は明らかにされると思います。そのために、様々な条件が重なると、今だけとりあえず言うとおりに自白してしまうと思ってしまうこともあるのです。

被暗示性が高まるから(暗示にかかってしまうから)

逮捕され、個室に監禁され、新聞もテレビも見ることができず、人と自由に話すこともできない、そんな状況では、被暗示性(暗示のかかりやすさ)が高まります。
心理学の研究によれば、極端に情報(外からの刺激)が制限された「感覚遮断」状況では、誰もが簡単に暗示にかかってしまうことが示されています。
たとえば、お前が捨てたたばこの火によって火事が起きたと責められているうちに、本当はタバコを吸っていないのに、タバコをすったのだと自分でも思い込んでしまい、自白してしまうこともあります(実際に起きた冤罪事件です)。
また、極端な環境で真実とは違うことを信じ込ませてしまうのは、洗脳やマインドコントロールの手法とも似ています。

取調官と被疑者によって作られる嘘の自白

警察は、彼を真犯人だと確信しています。正義をまっとうするためには、何とか物証をさがし、あるいは自白させなければなりません。それが正しい行動であることも多いでしょう。しかし、その確信(時に盲信)が、冤罪(えん罪)を生みます。
捜査官向けのある本の中には、「頑強に否認する被疑者に対し「もしかすると白かもしれない」との疑念をもって取り調べてはいけない」と記述しているものもあるほどです。
刑事ドラマであれば、主人公の刑事がこうして活躍して犯人を逮捕し自白に追い込むわけですけれども、実際には冤罪の可能性も出てきてしまいます。
取調官は決してでっち上げようとはしていなくても、確信してしまえば、多少不利なことがあっても彼が犯人に見えてしまいます。(社会心理学的には認知的不協和理論などによって説明されます。)
そうして、被疑者に嘘をおしつけるのではないのですが、結果的に二人で嘘の自白を作り上げてしまうのです。
「こうだろう」「こうじゃないか」「そうしたんだろう」といわれながら、被疑者も何とかつじつまの合う話を作り上げます。
間違いや矛盾があれば、犯人だと確信し様々な情報を持っている取調官が「思い違いじゃないか」などと訂正し、嘘の自白が出来上がるわけです。
報道によれば、菅谷さんは、「「何か(話を)作らないと前に進まない」と、報道された内容に想像を交えて、犯行状況を話した」ということです。

自白が無実を示す時

自白は証拠の王様とされ、有罪を示すものです。でも、作られた嘘の自白であるならば、逆に無実を示すこともあります(『自白が無実を証明する
警察も事件の全てを知っているわけではありません。容疑者も、事件に関する多少の知識はあっても真実はしりません。そうして作り上げらた「自白」が、裁判が始まりさらに綿密な状況が判明していったときに、矛盾が見えることがあります。
真犯人なら、そんなおかしな「自白」をするわけがない。だとすると、この人は無罪だと推測できるわけです。ただし、そう簡単には裁判官を説得することはできないでしょうが。

疑わしきは罰せず

今回の足利事件のような冤罪事件が起これば、世間は無実の罪で苦しんでいた人に同情し、警察を責めるでしょう。
しかしその同じ世間の人々が、あるときには犯罪者に対して子どもだろうと精神障害者だろうとどんな事情があるとしても、そんな悪い奴はすぐにでも極刑にしろと熱く語ったりします。
DNAという物証があり、自白もあった足利事件の裁判で、あのときに、「いや現在のDNA鑑定は完ぺきではない」とか「無実の人も自白することはある」といった意見を、どの程度冷静に聞くことができたでしょうか。
たしかに、犯人を逮捕し正しく裁くことは被害者にとっても社会にとっても大切です。しかしそれでもなお、私たちは「疑わしきは罰せず」と言い続けなければなりません




自白と冤罪の心理学:足利事件から考える へ戻る

犯罪心理学:心の闇と光

心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座)


当サイト内の関連ページ
記憶の心理学、記憶の錯覚、作られた記憶
認知的不協和理論
マインドコントロールと洗脳の心理
当サイト内の最近の更新ページ
秋葉原無差別殺傷事件の犯罪心理学2:事件から1年
3:犯罪被害者の心の傷と癒し
京都教育大生の集団女性暴行事件の犯罪心理学
リンク
法と心理学会

BOOKS

自白の心理学 (岩波新書)
自白が無実を証明する―袴田事件、その自白の心理学的供述分析 (法と心理学会叢書)
嘘をつく記憶―目撃・自白・証言のメカニズム (講談社選書メチエ)
取調室の心理学 (平凡社新書)
心理学者、裁判と出会う―供述心理学のフィールド
冤罪はこうして作られる (講談社現代新書)
裁判官はなぜ誤るのか (岩波新書)
生み出された物語―目撃証言・記憶の変容・冤罪に心理学はどこまで迫れるか (法と心理学会叢書)
ぼくは痴漢じゃない!―冤罪事件643日の記録 (新潮文庫)

    

ホームページから生まれたウェブマスターの本
人間関係がうまくいく図解 嘘の正しい使い方―ホンネとタテマエを自在にあやつる!心理法則 』:追い詰めない叱り方、上手な愛の伝え方
誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』
  秋葉原通り魔事件から考える:愛される親になるための処方箋

BOOKS  amazon 犯罪心理学に関する本

『誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』
犯罪心理学 (図解雑学-絵と文章でわかりやすい!-)
FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)
犯罪心理学―行動科学のアプローチ

 

***



「心理学総合案内・こころの散歩道」から5冊の本ができました。
2008年9月緊急発行
碓井真史著『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』
誰でもいいから殺したかった! 追い詰められた青少年の心理』
2008年8月発行
碓井真史著『嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在に操る心理法則』
人間関係がうまくいく図解嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在にあやつる!心理法則
2000年

なぜ少年は犯罪に走ったのか

2001年
「ふつうの家庭から生まれる犯罪者」
ふつうの家庭から生まれる犯罪者

2000年

なぜ少女は逃げなかったのか続出する特異事件の心理学
「誰でもいいから殺したかった青年は、誰でもいいから愛してほしかったのかもしれない。」
☆愛される親になるための処方箋  本書について(目次等)
『ブクログ』書評「〜この逆説的かつ現実的な取り上げ方が非常に面白い。」
・追い詰めない叱り方。上手な愛の伝え方 本書について(目次等)
bk1書評「本書は,犯罪に走った子ども達の内面に迫り,心理学的観点で綴っていること,しかも冷静に分析している点で異色であり,注目に値する。」  本書について 「あなたは、子どもを体当たりで愛していますか?力いっぱい、抱きしめていますか?」 本書について 「少女は逃げなかったのではなく、逃げられなかった。それでも少女は勇気と希望を失わなかった。」 本書について

「犯罪心理学:心の闇と光」へ戻る
一般的な犯罪の心理、殺人の心理などはこちら。




「心理学総合案内こころの散歩道」
トップページへ戻る
アクセス数3000万の心理学定番サイト

心理学入門社会心理学心のいやし・臨床心理学やる気の心理学マインドコントロール| ニュースの心理学的解説自殺予防の心理学犯罪心理学少年犯罪の心理宗教と科学(心理学)プロフィール・講演心療内科心理学リンク|今日の心理学投稿欄(掲示板) | 心理学 |うつ病 接し方 心の病入門:神経症(ノイローゼ)と精神病の違い