こころの散歩道/犯罪心理学/池田小学校児童殺傷事件/犯罪被害者の心のケア
2001.6.15
この数日の報道で、事件現場で何があったのかが、わかり始めました。8人が死亡、十五人が重軽傷を負ったという数字だけでも恐ろしい数字ですが、しかし、その具体的な様子を知るとき、この事件は私たちの想像を越えるよう悲惨な出来事だったことがわかります。
加害者の行為は、恐ろしい鬼畜の振る舞いでした。新聞報道でも、どれほど大きな心と身体の傷を負ったのかは伝わってきますが、週刊誌には、ここで文字に表すのが忍びないほどの凄惨な地獄絵図が表現されています。
身体に傷はなくても、ショックのためにその場で失神して倒れてしまった子どももいました。救急隊が駆けつけたとき、子どもがこんな表情をするのかと隊員が驚くほどの感情を失った顔をした子どももいました。
身体に大怪我をした子どもに加え、多くの子どもが自分では抱えきれないほどの心の傷を背負ってしまいました。
第一報を聞いてでも書きましたが、事件直後に発生する「ASD(急性ストレス障害)」の症状が心身にあらわれている子どもたちの様子も、報道されています。眠れない子、夜中に悪夢を見て飛び起きる子、おねしょが始まった子、乱暴になった子、発熱、頭痛。
これほど恐ろしい目にあったのですから、様々な症状が出るのは当然です。大切なのは、「寄り添って」あげることです。その子どもが安心できるように抱きしめてあげることも必要でしょう。子どもが事件について話したくなったら、しっかり聞いてあげることがとても大切です。
傷ついた心を癒すためには、その感情を表現することが必要です。話を聞いてあげましょう。下手な説教や励ましは、まだ早すぎるでしょう。ただ、話を聞きましょう。
傷ついたのは、子どもばかりではありません。親もショックを受け、傷ついています。先生方も傷ついているでしょう。しかし、こんなときこそ、大人がしっかりしなくてはなりません。
子どもが語る辛い話は、話を聞く人間の心をも痛めます。話を聞くほうがしっかりしていないと、子どもの話の内容、傷ついた心を受け止めることができません。
傷ついた子どもをお母さんが支える。そのお母さんも傷つく。その傷ついたお母さんをお父さんが支える。でも、お父さんだって辛いんです。その傷ついたお父さんを他の家族や親戚や友人や、地域が支えます。地域全体もとても辛い思いをしていることでしょう。その地域を私たちみんなで支えるのです。
こんな辛いときこそ、家族の出番、地域の力の発揮どころです。
一部の心無いマスコミによって傷つけられ、「マスコミ一切お断り」の張り紙を出した被害者家族もいると聞きます。地域の中には、マスコミ全体を苦々しい思いで見ている方もいらっしゃるでしょう。けれども、報道すること自体は、とても意味のあることです。ただ、犯罪報道は、何らかの形で被害者保護や犯罪防止に結びつかなければ、いろいろな方に迷惑をかけながらも報道を続ける意味が無いと思います。
多くのマスコミの方は、ただの商売ではなく、役に立ちたいと願っているはずです。マスコミの力を活用し、地域が家族を支え、私たちみんなで地域を支えていきましょう。
(互いに支えあうのに役立つような報道をマスコミの皆様には、期待しております。)
インターネットも、互いに支えあうために活用できるでしょう。
現地で取材している方から聞きましたが、直接の被害者家族や現場になった学校だけではなく、多くの場所で、子どもも大人も、恐れ、不安がり、浮き足立っています。こんな状況なら、そうなっても仕方ありません。でも、子どもたちを守るために、子どもたちの未来のために、私たちが互いに支えあい、そして、子どもたちを支えていきましょう。
今現れている急激な心身の症状は、いずれ治まってくるでしょう。しかし、そのうちの何割かの子どもたちにはさらに長期にわたる障害が現れる可能性があります。
一見、もうすっかり元気になったと思える子どもが、半年も一年も経ったあとに、また症状がぶり返すこともあるかもしれません。これが、「PTSD 心的外傷後ストレス障害」です。ずっと後になるまで、心の傷が影響を与える可能性も、否定できません。
だからこそ、今の心のケアが大切です。PTSDを防ぎ、その悪影響を少しでも減らすように、今のケアが重要なのです。
しかし、今どんなに手厚いケアをしても、おそらくPTSDの症状はあらわれるでしょう。もしかしたら、今は症状が軽く見える子どもたちの中で、後になって症状が出てくる子どももいるかもしれません。
先のことを不用意に心配しすぎることは良くないことですが、起こりそうなことを予測しておくことは大切です。
私は、以前たまたま犯罪被害者の女子学生さんと面談する機会がありました。
傷害事件の被害者であり、大きな怪我をしました。そのときは、身体も心も大きな傷を負い、家族もとても苦しみました。本人は、身体の傷に治療だけではなく、心の傷の治療も精神科で行いました。
そうして、1年がたち、身体の傷も治り、家族も落ち着き、少しずつ事件のことを忘れ始めました。そんなとき、彼女はまた悪夢を見始めたのです。激しい恐怖と不安が襲ってきます。彼女は、「自分は気が狂ってしまったのではないか」と、苦しみ始めました。まだ、PTSDといった言葉がそれほど知られていないときです。
彼女は、1年前にあんなに家族にも迷惑をかけて、いまさらまた苦しめることはできないと悩んでいました。
私は、彼女に説明しました。
「こんなに苦しい目にあったときには、1年もたったあとにまた症状が出るのは不思議なことではない、気が狂ったわけではなくて、普通のことだ。親御さんは、君がこんなに辛い体験をしているのに、それを知らなかったとしたらなおさら苦しむよ。親御さんに説明して、必要があれば、もう一度、病院へ行こうね。」
深い、深い、心の傷は、簡単には治らないかもしれません。しかし、私は、心の傷は必ず治ると信じています。時間はかかるかもしれませんが、必ず治ると信じています。心の傷を負った一人一人が、確かに苦しい目に会ったけれども、今はこんなに健康だ、今はこんなに幸せだと言える日がくることを信じています。
そのためには、もちろん本人の力が必要ですが、必要に応じて、医師やカウンセラーのからの援助、家族からの援助、そして私たちがそれぞれの立場から協力していくことが必要でしょう。
・PTSD 心的外傷後ストレス障害(心の傷をケアするために)
今、多くの学校で、危機管理のための方法がとられています。門を閉めたり、生徒に厳しく注意を促したりしています。子どもを危険から守ることはとても大切です。しかし、子どもを必要以上に怖がらせてはいけないと思います。
子どもに自動車の危険性を教えることはとても大切ですが、ビクビクして自転車も乗れない子どもを作ってはいけないでしょう。
今回のような事件が頻発するとは考えにくいと思います。それを防ぐためだからといって、学校の中の子どもたちが人間不信と不安と恐怖をつのらせながら毎日生活してよいわけはありません。
子どもを怖がらせずに、危険性を教える工夫が必要です。
CAPは、子どもの人権を守り、子どもを暴力から守ることを目的とする会です。CAPの子供向けワークショップは、子どもに危険を知らせる大声の出し方まで練習させますが、終始たのしい雰囲気の中で行われます。とても楽しく、でもとても大切なことを、まじめに子どもたちに伝えていくのです。
こんな事件の後は、大人が怖がったり、不安がったりしてしまいます。でも、そうではなくて、子どもに安心感を与えるようなゆったりとした気持ちの中で、子どもにとって必要な危険回避の方法を教えていきましょう。
子どもの不安や恐怖心に共感することは大切ですが、でも、その感情に巻き込まれてはいけません。ましてや、大人が子どもの不安や恐怖を高めないようにしましょう。
今回の事件によって、いろいろなことが論議されています。犯人に対して、激しい怒りや憎しみを感じるのも当然です。法改正を考える人もいます。学校の安全管理のあり方を考えている人もいます。
何であれ、一番大切なことは、子どもたちの未来です。
私は、子どもに安全な環境を提供したい。私は子どもに精神障害者が差別されない社会を残したい。一時の勢いだけで、結局は子どもたちの未来を暗くするような改変を行いたくありません。
いろいろなご意見の方がいらっしゃるとは思いますが、心のケアも、社会の改変も、すべてが大切な子どもたちの未来のためになるように、ご一緒に考えていきたいと思うのです。
「大切なのは子どもたちの未来だ」:加藤剛主演の舞台劇「コルチャック先生」のチラシより
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