特殊な家族?・エリートの闇・兄と妹のはざまで・兄弟の心理・夢の功罪・真実の言葉・家族内殺人・女性への犯罪・バラバラ殺人・犯行後の冷静さ・家庭内犯罪を防ぐために・そして……
2007年1月3日、東京都渋谷の歯科医師宅で、20歳の娘の死体が発見された。遺体はバラバラにされていた。1月5日、警察は被害者の兄(21)を逮捕した。
この家族は、父、母、共に歯科医師(父方の祖父、母方の祖父母も歯科医師)。3人兄弟がおり、長男は大学歯学部の6年生、容疑者の次兄は歯学部を目指し三浪中の予備校生だった。被害者は短大の2年生であり、同時に女優を目指して活動中だった。
容疑者は、「妹から『夢がない』となじられたので、頭にきて殺害した」と供述している。
(さらに今日の報道に寄れば、遺体に対して単純に切断しただけではないことが伝えられている。)
2006.1.6
(補足:1.9の報道によれば、両親は被害女性である娘がタレントを志望していたことは容認していたが、事件の数日前、娘の言動に対して「なぜ親や兄たちの立場をもっと考えられないのか」などと叱り、言い争いになっていたという。2006.1.9)
補足1.12:この数日の報道:・殺害後、遺体の胸部、下腹部などを切り取っていた。・事件の数日前、母親の勘違いから娘の夕飯を作らなかったことから激しい口論になった。・親は次男の進路に関して別の道もあると助言していた等の報道もある。
いわゆる「エリート家族」でしょう。そとからみれば、問題のない幸せな家族と見えていたようです。
しかし、事件の第一報が報道されると、様々なことが言われ始めます。
・母と娘の最後の会話がインターホンごしだったこと(冷たい家族?)
どのような状況だったかはわかりませんが、大きな家で、たとえば一階と二階にいる人間がインターホンで話をすることはそれほど不自然ではないでしょう。
・娘がいないと気づいたとき、最初はいつもの外泊かと親が思ったこと。
若い娘が行き先も告げず、断りもせず、勝手に外泊することは、たしかにとんでもないことです。
しかし、このようなことが見られる家族は、ごく一部の特殊な家庭崩壊した家族だけではなく、いまやあちこちで見られるでしょう。
・次兄(容疑者)と妹(被害者)は3年間会話がなかった。
もしも完全に会話がなかったとしたら、それは特殊な家庭でしょう。しかしおそらくそれは、3年間まもとに会話したことはなかったという意味ではないでしょうか。そうだとすれれば、これもそれほど特殊なことではないでしょう。
思春期、青年期の女性が、家族の中で異性(父や兄)とこの数年まともに会話していないといったことは、ときおり見られることです。
・父方の祖父、、母方の祖父母、両親が歯科医、兄も歯学部学生
このような家族の中で、容疑者も医療系の進路へ進むことへのプレッシャーは、かなり強かったことでしょう。
家族全体が、それが当然だと思ってしまうことはよくあることでしょうが、当然だと思われてしまう子どもにとっては巨大な心理的重荷となることでしょう。
光り輝く立派な家庭の中には、光が強い分、影が濃い家庭もあるのかもしれません。
(もちろん、ほとんどの医師、歯科医師家庭は、他の家庭と比べて特に問題があるわけでもなく、忙しく責任の重い仕事を家族みんなの協力を得て、進めていることでしょう。)
(犯罪心理学の仮説の中には、非常に立派な家庭の中で凶悪犯罪者が生まれたときに、実は立派な家族が心の底に持っている攻撃心や不道徳といった闇の部分が一人の人間に集まってしまった結果と考えるというものもあります。)
事件が発生したときに、その家庭は特殊だったと考えてしまえば、気が楽なのですが、しかし普通の家庭の中にも、この程度の受験のプレッシャー、親子の問題など、いくらでもあることではないでしょうか。
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このような立派な家庭の中で、親の期待に添って歩める子どももいます。必要な能力を持ち、素直さを持ち、親が望む進路へと進みます。
一方、このような立派な家庭で反発をする子どももいます。はっきりと反抗する子どももいますが、そうではなくても、あえて親が住んでいる世界とは別世界で活躍しようとします。今回の被害者も、そのパターンでしょう。
演劇や、芸能界は、歯科医師の両親とは無縁の世界だったでしょう。それでいて、娘と親の関係は悪くはなかったようです。今回、正月の帰省に際しても、母親が先に行き、後で娘と父親が二人で帰省先へ向かう予定だったようですが、仲の悪い父娘であれば、こんな計画は立てなかったでしょう。
親の期待に添い、親に認められる兄。兄とは正反対で、自由奔放に生きながらも、親と上手くいっている妹。
しかし、容疑者男性はどちらもできませんでした。歯学部に合格することもできず、親に反発することも、別の進路を選び取ることもできませんでした。
兄弟は生まれながらのライバルです。お菓子を取り合い、おもちゃを奪い合い、親の膝のとりっこをします。ときに激しくぶつかります。この兄弟の争いの心の底には、親の愛の奪い合いがあります。
他の兄弟のほうが飴が1個多い、ハンバーグが5ミリ大きいと大喧嘩をするのは、実はそのこと自体ではなく、自分の方が愛されていないのではないかと感じるからこそ、あんなに激しく争うのです。
親に認められ、愛されるためには、様々な方法があるでしょう。今回の事件で、兄と妹は、それぞれに親の愛を得ていた、それなのに自分は愛されていない、認められていないのではないかと、容疑者は思ったのではないでしょうか。
その思いが、妹への激しい攻撃心のもとになったようにも思えます。(あるいは家族全体への不満もあったのかもしれません。)
*
被害者は芸名を使って自分の公式ブログを作っていました。事件直前、2006年12月23日の記事では、下記のように親からのクリスマスプレゼントについて(明るい調子ですが)語っています。どうやら、長男がもらえなくなったときに、年下の兄弟たちも同時にプレゼントをもらえなくなったようです……。
「〜サンタさんくるかなー。そういえば、自分は末っ子なんですがね〜プレゼントとかお年だま貰えなくなる時期って長男に合わせるみたいで〜兄貴は一番高価なものをもらう〜私は(兄よりも)小さなころにもらえなくなるわけです。。。不条理を感じますね・・・・・・ 今更どうでもいいです。もう。ということで、いつかもし結婚して子どもができたら、〜平等な家訓を作りたいと思いますょ。えぇ。」
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歯科医師を目指すことは、立派な「夢」のはずです。なにも芸能界やスポーツでの活躍ばかりが夢ではないでしょう。
しかし、おそらく容疑者にとって歯科医師になることは、本当の自分の夢ではなかったのでしょう。
本当に自分の夢を持っている人は、苦しい下積みを受け入れることができます。辛いのですが、ある意味楽しむことさえできます。夢があるのですから。
芸能界デビューや資格取得のために一生懸命がんばっている人、甲子園を目指して練習に励んでいる選手、いえベンチ入りさえできない補欠の選手ですら、夢を目指して、日々練習に励んでいます。
こういう夢は、私達に力を与えます。そして、結果的に夢が果たせなかったとしても、夢に向かって努力をしたことで、その人は成長します。夢に向かった歩みは、後から振り返ってみると、とてもなつかしい良い思い出になります。
「おれも昔は甲子園を目指して、グランドで汗を流していたんだぜ」と楽しく、誇りを持って語ることができるのです。
しかし、本当の夢ではなく、単なる「逃げ」(勉強がいやだから歌手になりたいと思うなど)、あるいは「押し付け」(親に言われたからそうしているなど)、このような場合は、まともに下積みをすることができなかったり、大きな不満だけが出てきます。成長ができません。良い思いでになりません。
「おれだって、あの時ああなら、この時こうなら、もっとビッグになっていたはずなんだ!」などと、過去にこだわり、周囲を悪者にし、自分の不運を嘆きつづけることになりかねません。
容疑者男性は、歯学部入学をめざし年末年始ですら予備校の勉強合宿に行くほど努力をしていたのでしょうが、「夢がない」といわれたことは、ずばり真実を突かれていたのでしょう。
*
補足:1.15の報道によれば、容疑者は妹から「歯科医になるのは人のまねだ」と言われ怒りが爆発したと供述している。
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あなたが人生の主役になるために
真実を告げるのは、諸刃の剣です。真実だからこそ、逃げ場がありません。真実を突きつけられた若者は、素直に受け入れるか、そんなことができないときは、キレるしかありません。
たとえば、学校内の対教師暴力のきっかけは、しばしば正しい言葉です。十分な人間関係もないままにただ正しい言葉を投げつけられたとき、少年はキレてしまい、後先を考える理性も吹き飛び、激しい攻撃を仕掛けてくることがあるのです。
引きこもりの青年に、「働け」「学校へいけ」などとやみくもに正論をぶつけたけっか大暴れが始まってしまうのも、同様のことでしょう。
推理小説では複雑な理由で殺人を犯しますが、一般の殺人の最も多い動機は「つい、かっとなって」です。しかし家族内の殺人は、多くの場合「歪んだ愛情」が絡んでいるでしょう。
単純な怒りでもない、金目当てでもない、愛憎のからみ合った濃厚な人間関係の中で、殺人が起きます。無理心中などもそうでしょう。中流家庭の子どもによる親殺しなどもそうでしょう。
家族とはいえ、それぞれが生きていけば、わざわざ殺人などする必要もないのですが、家族という枠の中で、自由を失い相手を殺すという解決策しか見えなくなってしまうことがあるのです。
男性が女性を被害者として選ぶのは、金銭取得などの目的で肉体的弱者としての女性を選ぶ場合もありますが、犯人の中に、女性への強い劣等感が潜んでいる場合もあります。たとえばレイプなども、単純な性欲が犯行動機ではなく、女性への強い劣等感があり、そのために女性を屈服させ、歪んだ優越感を得ようとする場合もあります。
今回の事件ではどうだったのでしょうか。兄として、妹に対する自信と誇りを持っていれば、心の余裕を持っていれば、こんな事件は起きなかったかもしれません。
バラバラ殺人事件は、猟奇殺人事件として多くの人々の興味関心を引きます。しかし、かならずしも複雑な感情があるわけではなく、単純に死体を処理する、あるいは遺体の身元をわかりにくくし、犯行発覚を遅らせるなどを目的として分断することも多いのです。
遺体が切断されていたからといって、それだけで特別な感情を想像してはいけないでしょう。
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渋谷夫殺害遺体切断事件の犯罪心理学
しかし、家族を殺害した後で、遺体を切断するのは珍しいことです。まずは容疑者の供述どおり遺体をゴミとして処理する(捨てる)ためと考えるとしても、何か別の動機があったのかもしれません。
(一般論として、殺害した死体をさらに傷つけるのは、上記の遺体を処理する目的のほかに、生き返るのことへの恐怖心のためにさらにナイフを突き刺す、あるいは激しい憎しみや怒りのために遺体を傷つける、さらに異常で珍しいケースとしては、「死体性愛(ネクロフィリア)」、「人肉食(カニバリズム)」、あるいは人体の一部にだけ強い関心を示す「性的フェティシズム」や、人を傷つけ苦しめることに快感を感じる「性的サディズム」(たとえば酒鬼薔薇事件の犯人は遺体を傷つけることで快感を得ていました)などの場合が考えられるでしょう。)
補足1.12:殺害後、遺体の頭髪の一部、胸部、下腹部などを切り取っていたようです。
容疑者は犯行後、冷静に犯行現場をきれいにし、予備校の合宿へ出かけ、周囲の人間も異常には気づいてはいません。なぜ、これほど冷静だったのでしょう。
いくつかの可能性が考えられるでしょう。
・長年憎しみ続けていた肉親を殺害し、ある種心地良い達成感を感じていた(親殺しをした少年などに見られます)
・ある種の人格異常のため、殺害行為や遺体の切断に良心の呵責を感じない。
・あまりにも恐ろしいことをしてしまったために、それを現実のもととして心が感じなくなってしまった。(とてもショッキングな出来事があったときに頭が真っ白になるとか、悲しみも何も感じなくなるときがあるでしょう。)
時計を逆回しすることはできませんが、プロの犯罪ではなく、今回のような青年による家族内殺人といった犯罪は、何か一つが違っていれば、起きなくてもすんだ悲劇かもしれません。
☆親が子どもに高い目標を持たせ、努力させること。そのこと自体はもちろん良いことです。しかしその時に忘れてはならないことが、「たとえそうでなくても」という思いです。
一生懸命がんばれ、合格を目指せ、優勝しろ、けれども、たとえそうでなくても、大丈夫だ、お父さんお母さんの愛は微塵も下がることはないと、子どもに伝わっていることが大切です。
☆子どもは自分が一番愛されることを望んでいます。親は子どもを平等に愛そうと思います。それは正しいのですが、子どもはそれでも満足しません。自分を一番愛して欲しいのです。親としては、3人の子どもがいるのならば、一人一人を、世界一愛しましょう。
自分は兄さんとは違うけど、妹ともちがうけれども、でもこの自分のことを、父さんも母さんも世界一愛してくれていると実感することができていれば、今回の事件はなかったのではないでしょうか。
親は愛していたことと思います。けれども大切なことは、その愛が子どもに伝わっていること、子どもが愛を実感していることなのです。
☆そうはいっても、子育ては大変です。家族がいつも仲良しというわけでもありません。でも、それで良いと思います。けんかをし、文句を言い、どたばたしながら生きていく。それが家族だと思います。
現代社会の中で、どの家族も一見平和で清潔で豊かで、何の問題もないように見えるようになりました。そのように演じられるようになりました。でも、いつも次々と問題が生じるのが、家族だと思います。
問題を隠さないこと。ぶつかり合いながら生きていこと。それでも互いに愛し合える家族でありたいと願っています。
補足
今日(07.1.6)の報道によると、容疑者男性は、単に遺体を分断するだけではなく、被害者の頭髪、胸部、下腹部を切り取っていました。さらに内臓の一部を別に保管したり、被害者の下着を予備校の合宿先まで持っていったりしてます。これらの残酷で奇妙な行動が何を意味するのかは今のところ不明です。
妹の殺害に関して、容疑者がまだ語っていない大きな動機があるのかもしれません。
(事件の数日前に、被害者の言動をめぐり容疑者を含む家族と被害者との間でトラブルがあったとの報道も今ありました。)
(ネット上では被害者に関する様々な情報もとびかっているようです)
若者はどの文化でも、無茶なことをします。一方で大人扱いされながら、同時に子ども扱いされる。万能感を持ったかと思えば、激しい劣等感に悩まされる。周囲の人間を激しく非難したかと思えば、自分自身を強く否定する。とても自意識過剰の状態です。とても不安定な状態です。そのうえ、強く迫ってくる性的欲求に振り回されます。
逮捕された容疑者は、犯行を自供し、泣きじゃくったと伝えられています。
新しい情報にそって、さらにページをアップする予定です。
2007.1.6.21:00
*被害者のご冥福をお祈りしています*
(補足:1.9の報道によれば、両親は被害女性である娘がタレントを志望していたことは容認していたが、事件の数日前、娘の言動に対して「なぜ親や兄たちの立場をもっと考えられないのか」などと叱り、言い争いになっていたという。)
補足1.12:昨日の報道によれば、親は次男の進路に関して別の道もあると助言していた等の報道もあります。親は本当にそう思っていたのかもしれません。ただそれが、次男には伝わっていなかったのかもしれません。あるいは、親は口ではそのように言っていても、家族全体の雰囲気は違っていたのかもしれません。殺害の動機、遺体に関する行為なども含め、真実はまだ何もわからないままです。
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「犯罪心理学:心の闇と光」
家族心理学1不幸を背負わないで
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奈良医師家族3人放火殺人事件の犯罪心理学
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2008年8月発行 『人間関係がうまくいく図解嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在にあやつる!心理法則 』 |
2000年 『なぜ少年は犯罪に走ったのか』 |
2001年 『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』 |
2000年 『なぜ少女は逃げなかったのか:続出する特異事件の心理学』 |
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・ 『ブクログ』書評「〜この逆説的かつ現実的な取り上げ方が非常に面白い。」 ・追い詰めない叱り方。上手な愛の伝え方 本書について(目次等) |
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