心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座)心理学トピックス/ 裁判員制度
2009.8.3 今日、日本で最初の裁判員制度による裁判が始まりました。
責任の判断・外見の影響・目撃証言の心理・対人認知
容疑者が真犯人であるなら、もちろん罰を受けるべきでしょう。ただ、どの程度の罰を受けるべきかは、何をしてしまったのか、そしてその責任がどのていど容疑者にあるのかによって変わるでしょう。
まず、犯罪以前のもっと身近な例で考えてみましょう。
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Aさんは、毎週山登りに行く。なぜAさんは、毎週山に登るのだろうか。
これをAさんの同僚に質問すれば、
「Aさんは、山が大好きなんだ」「Aは、山が命なんだよ」といった答えが返ってくるでしょう。
Aさんが山に登るのは、Aさん自身のせい、Aさんの性格のせいだと考えます。
ところが、同じ質問をAさん自身にしてみるとどうでしょうか。Aさんは、答えるでしょう。
「山はいいですよ! 登山は最高のスポーツです。」
私が山に登るのは、素晴らしい山、登山の素晴らしさという環境のせいだと答えるでしょう。
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犯罪は環境のせいか 個人の責任かは、難しい問題です。ただ心理学の研究からわかるのは、人は、自分の行動に関しては、環境が原因だと考え、他者の行動に関しては、その人の性格のせいだと考えやすいということです。
これを、「基本的な原因帰属の錯誤」と呼んでいます。私たちは、しばしば実際以上に不当に当人を責めてしまいます。
犯罪加害者の責任を実際以上に軽く見るつもりはありません。しかし、「悪い人が悪いことをした」で、終わってしまってもいけないと思います。
原因帰属の研究によれば、人は自分と似た人間の責任は軽く判断します。同じ国、年代、性別、職業など、自分の似ている部分を持っている人に対して、えこひいきしている自覚はないのですが、方を持つ判断をしてしまうのです。
スポーツでも、たとえばボクシングの国際試合で、両国の人がそれぞれ自分としては公平に見ているつもりでも、それぞれの国の人が自国の選手が勝ったと感じような場合です。
男女がケンカをしているところを見れば、多くの男は男につき、多くの女は女につくでしょう。
「ある人が、坂道で車を停車し、サイドブレーキを引いて車から離れました。ところが車が動き始め、家の壁にぶつけてしまいました。」
さて、このときこのドライバー自身の責任はどの程度(何割ぐらい)あるでしょうか?
という場合と、
「ある人が、坂道で車を停車し、サイドブレーキを引いて車から離れました。ところが車が動き始め、歩行者にぶつかり大けがをさせてしまいました。」
さて、この場合のドライバーの責任)割合は?
と質問された場合では、人々の判断は異なります。ことの重大なほど、機械や社会や環境のせいではなく、個人のせいだと考えやすくなります。特にこの個人と自分の類似点が少ないほど、個人の責任を重く判断します。
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ある交通死亡事故交通裁判で聞いた話です。加害者とされた青年はスピード違反をしていたとされましたが、本人は否定していました。そのとき、警察官から言われたそうです。人が1人死んでいるのだから、誰かが責任を取らなければならないだろうと。
裁判員制度が日本でも始まりました。容疑者の服装も、以前とは異なり気にしているようです。
さて、社会心理学の実験です。立派なスーツを着た人が、そこにコインを忘れたというのと、多くの人が親切に対応していくれました。ところが、同じ人が同じ言葉を使っても、みすばらしい服を着ていたときには、人々はまともに対応してくれませんでした。
アメリカで行われた別の心理学実験です。犯罪の内容を説明した後で、これが犯人だと言って美しい外見の顔写真をみせるた場合と、そうではない外見の顔写真を見せた場合では、陪審員役の人々の判断が異なりました。美しい人に対してのほうが、刑を軽くしたのです。
私たち人間は、外見で判断が狂わされてしまいます。
(美人は得をすることが多いのかもしれませんが、ただし結婚詐欺事件では美人のほうが罪が重く判断されました。)
私たちは、いったん覚えたこともすぐに忘れます。忘れるだけではなくて、記憶は変化します。たとえば、誇張され話が大きくなります。あるいは自分に都合のよいように記憶が変化します。自分の常識に合わせて記憶が変化することもあります。
こうして記憶が変化していることに、本人は全く気がつかないこともしばしばです。
人々の中には、自分はエイリアンに誘拐されたと真剣に思っている人もいるのですから。
はっきりした目撃者がいて、裁判で断言すれば、とても確かな証拠だと感じます。しかし、私たちの目も感覚も記憶も、それほど客観的なものではありません。
以前から陪審員制度があるアメリカでは様々な実験が行われています。
たとえば、白人と黒人が争っているビデオを見せた後で、ナイフを持っていたのはどちらだったかと質問します。このビデオでは実際は白人がナイフを持っていたのですが、ビデオを見ていた白人たちのなかには、黒人が持っていたと答えた人が多くいました。
彼らは、嘘をつくつもりはありませんでした。ただ、彼らの先入観が目撃証言をゆがめたのです。
別の実験です。多くの人が犯人を目撃したのですが、はっきりとは顔を見ていない状況です。そんなとき、誰かひとりが、実際は違うのに「犯人は髭をは生やしていたのよ」と発言すると、残りの人も犯人は髭を生やしていたと思いこんでしまいました。
裁判の目撃証言に関しては、こんな実験もあります。
車がぶつかる同じ映像を見せた後で、
「車が接触したとき、時速何キロぐらい出していたと思いますか」と質問するよりも、
「車が衝突したとき、時速何キロぐらい出していたと思いますか」と質問したほうが、車は速く走っていたと人々は答えました。
さらに、
「車が激突したとき、時速何キロぐらい出していたと思いますか」と質問すると、さらに証言の中での車の速度は上がりました。
本人たちは、質問者によって自分の回答が左右されているとは思っていないのですが、人の判断は微妙なものなのです。
ときには、取調官から尋問を受ける中で、偽りの自白をしてしまい冤罪事件を起こすことすらあるのですから。
人は、誰かをいったん悪い人だと見てしまえば、その後のその人に関する情報をすべて悪いことだと解釈しがちです。良い人だと判断すれば、逆のことがおこります。
「悪い人」だと思っている人に挨拶をしても返事が返ってくなければ、無視されたと思うでしょう。ところが全く同じ状況で同じことが起きても、「良い人」だと思っていれば、聞こえなかったのかな?と思うでしょう。
私たちの対人認知(対人判断)は、いつも不完全な情報から全体像(その人のイメージ)を作り上げなくてはならないのですが、外見や、第一印象や、自分の価値観、先入観や、マスコミ報道などによって、常に歪んでしまうのです。
裁判員制度では、投票が行われます。人は、多くの人々が同じ意見のとき、異なる意見がなかなか言えません。これを、同調行動と言います。
集団が同じ方向を見いているとき、違う方向を向いている人には、みんなと同じになるようにという心理的な同調圧力がかけられます。
これは、露骨な圧力ではなくても、何となく人は感じるものなのです。
みんなが静かにしているときに、自分だけ発言するのは勇気がいるでしょう。みんなが順番に歌うのに自分だけ歌わないのは、気まずいでしょう。
また、人は多くの人が行っているのは正しいことだと考えやすいのです。人は多数派に合わせてしまうのです。
法廷(陪審員)映画の傑作『十二人の怒れる男 』のように、みんなが有罪だというのに、1人疑問を挟むことはとても難しいことです。
しかし、誰も気づいていないことを1人だけ気づいたとしたら、その思いはぜひ大切にするべきではないでしょうか。映画のようにかっこよくはいかなくても。
私たちの判断は歪みます。だから、今までのプロの裁判官は「書類」から判断していました。しかし、時には私たちの市民感覚からずれることもありました。
素人が裁判に参加することはとても難しいことです。人が人を裁くことは大変なことです。
しかし、誰かが裁かなくてはならないのだとしたら、私たち市民もそこに参加し、ともに悩み、考えていく必要があるのではないでしょうか。
私たちの判断のゆがみは、理論を知ったからといって簡単には直りません。しかし、だからと言って専門家だけに任せるのではなく、歪みがあることを常に考えながら、プロと市民が協力して、よりよい裁判にしていきたいと思います。
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「法と心理〈第5巻第1号〉特集 裁判員制度―制度の成立過程と法学的・心理学的検討課題 」
「目撃証言の心理学 」
「自白の心理学 (岩波新書) 」
「目撃証言の研究―法と心理学の架け橋をもとめて 」
「証言の心理学―記憶を信じる、記憶を疑う (中公新書) 」
「裁判員制度と法心理学 」
「目撃供述・識別手続に関するガイドライン 法と心理学会・目撃ガイドライン作成委員会 」
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