心理学 総合案内 こころの散歩道/ 犯罪心理学 /少年犯罪の心理 /山口県高校爆破事件 (新潟青陵大学・碓井真史)
2005.6.13
(2005.6.15補足:少年は「あだ名(殺虫剤の商品名)」で呼ばれる事を苦痛に感じていたのではないかと報道されています。)
当サイト内の関連ページ:「いじめの心理:スクールカウンセラーの体験から」)
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山口県の県立高校で、3年生の男子(18)が、別のクラスの教室へ自分で作った爆弾を投げ込みました。ガラス瓶に火薬をつめ、爆発力と殺傷能力をたかめるために硝酸化合物をまぜ、多数の釘も入れてありました。
爆発によって58人の生徒が重軽傷を負い、病院へ運ばれました。逮捕された少年の供述によると、いじめ、嫌がらせを受け、一人の生徒に「恨み」を抱いていたということです。
事件の起こった高校は進学校。逮捕された少年も、中学時代はトップクラスの成績でした。高校に入ってからも、無遅刻無欠席無早退のまじめな勉学態度でしたが、極端に無口になり、それをからかわれていました。爆弾の製造方法は、ネットや書籍をとおして学びました。
学校は、はじめはいじめの有無については把握していないと語っていましたが、今日(6.13)の報道によると、「〜広い意味でのいじめに相当するものはあったかもしれない」と述べています。
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少年は、犯行の動機として「恨み」を語っています。
恨みとは、、だれかにひどい仕打ちをされて不快になった思いを、辛抱し続けた結果でてくる感情です(山野保「うらみの心理」創元社)。
恨みとは、基本的には弱者の感情です。人に何かをされて、すぐ反撃できるような強者は、恨みの感情をつのらせずにすみます。
恨みの感情をもっても、普通は、その感情はやわらいでいきます。だんだんと忘れていきます。
あなたにも、何か恨みの感情はありませんか。中学時代にいじめられて、みんなを恨み、殺してやりたいと思った、などと語る青年達はたくさんいます。
たしかに今でも思い出せば、いくらかは恨みの感情がよみがえってきますが、普段は忘れています。もう以前のような激しい感情がよみがえってくるわけではありません。
人に対する感情は、いったんある方向の感情を持ってしまえば、あとは考えれば考えるほど、その感情が高まっていきます。恋愛感情も、怒りの感情もそうです。
恨みの感情も、そうして高まっていきます。しかし、たいていの場合は、その感情にブレーキがかかります。少なくとも、感情による行動には、ブレーキがかかります。
何か他の大切な人間関係ができた。その人のことばかり考えなくても済むような、べつのやりがいのあるものをみつけた。下手に仕返しして、自分の人生を棒に振るほど、自分の人生は安くない。そんなふうに感じられます。復讐なんかばからしいと、感じられるようになるのです。
けれども、そんなブレーキが何もないとき、恨みの感情はますます膨れ上がっていくのでしょう。
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「恨みの心理」(京都小学生殺害事件から考える)
彼は、乱暴な少年ではありませんでした。平気で規則を破るような少年でもありませんでした。
いじめられて、そんなに辛ければ、登校拒否でもなんでもすればよいのにと思いますが、そんなことはしていません。
しかし、彼はとてもおだやかな性格というわけでなかったようです。
護身用にと、カッターナイフを持ち歩いていました。ゲームで思うように行かないと、いきなり電源を切るなどと語る友人もいます。
彼は嫌がらせを受け、怒っていました。もっと他にも怒っていたかもしれません。しかし彼は、表現しませんでした。
怒りをためこみ、恨みの感情が増幅し、彼の心は爆発します。
自分の感情と上手に付き合うためには、感情を適度に表現していくことが必要です。
普段まったく怒らない人もいますが、その人が本当におだやかな人というわけではないときには、たとえば、「丁寧な言葉」で人を追い詰めることもありますし、ミスという形で、人を傷つけることもあります。
怒りを普段から押さえ込みすぎている人が、ひとたび怒りを爆発させると、周囲が驚くほどの激しさをみせます。
ある人、あることへの、たまりにたまった感情を破裂させているのですが、それに加えて、本人も気づかないうちに、他のことに関するもろもろの怒りの感情を全部まとめてぶつけてくることがあります。だからこそ、適度さをはるかに越えた過剰な行動が生まれるのです。
少年は、進学校に入学したわけですが、中学卒業時の文章には、好きなもの:テレビゲーム、嫌いなもの:受験勉強、と書いています。彼は、ずっと怒りと不満を溜め込んでいたのかもしれません。
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「キレる」という言葉が流行してからずいぶん時間が経ちました。小さな怒りをおさえられずにいつも暴力事件を起こしている生徒も困りますが、今回のような大人の目からめればおとなしい生徒が、突然「キレる」ほうが、問題は深いでしょう。
生徒指導のベテラン教員は語ります。
「校内で暴れているうちはまだいい。何とかしてくれという気持ちを教師にぶつけてくるわけだから」
「恐いのは問題のない子が突発的に事件を起こすことが増えていることだ」
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平気で「いのち」を奪う子どもたち(少年犯罪の変遷と命の輝き)
問題が起こったとき、学校としては、いじめがあったとかなかったとか発表しますが、それは、文部科学省が定義する「いじめ」の有無を答えているのでしょう。
文部科学省によればいじめとは、
1、自分より弱いものに対して一方的に
2、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え
3、相手が深刻な苦痛を感じているもの
ということになります。
ですから、2〜3回のことであれば、「いじめ」ではありませんし、深刻ではないと考えられれば、「いじめ」ではなくなります。これが、いじめに関して、学校と当事者や世間の人々との間で起きるすれ違いの一つの原因になっています。
もちろん、統計や研究のためには、定義は大切です。しかし、当事者にとって見れば、お役所の定義などどうでも良いと感じても無理はありません。
今回の学校では、「いじめ」があったことは確認していないが、事件にまつわることなどいろいろと考えれば、「広い意味のいじめに相当するもの」はあったかもしれないと、語っています。
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いじめの心理:スクールカウンセラーの体験から
一般に、いじめが問題になったとき、加害者側の罪の意識が薄いことは良くあります。ふざけていただけ、冗談、と語る人もいます。処罰を免れるための言い訳の時もありますが、本当にそうとしか感じていなかった時もあります。
いじめは(性的虐待などもそうですが)、客観的に見れば小さな事であったり、加害者側にすればほんの小さなことであるのに、被害者側にとっては、とてもつもなく大きなものになってしまう特徴があります。
場合によっては、何十年も苦しみ続ける人もいます。人生が変わってしまう人もいます。
だから、文部科学省の定義でも、客観的な行為の大小ではなく、「相手(被害者)が深刻な苦痛を感じている」ことをいじめとしています。
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いじめ自殺を防ぐために
「強者」は、恨みの感情をため込むことはありません。すぐに、効果的な攻撃ができるからです。大人なら、社会的な力や経済力を使うこともあるでしょう。大きな体、強い腕力、強気で強引な言動、そういう武器を持っている人なら、殴ったり、すごんだりするでしょう。
そんな力を持っていないとき、人は道具を使います。毒薬、刃物、爆弾といったものです。
犯罪の分野では、以前から毒殺は弱者の方法と言われてきました。
ナイフを持ち歩く少年達は、ナイフを持つと、気が大きくなった、勇気が湧いた、誰にも負けない気持ちになった、力強い感じになれた、生きていると感じた、などと語っています。(ナイフなんか持たなくても、力強く勇気がもてればよいのですが。)
銃やナイフや爆弾は、劣等感が強く自信を失った少年たちには、強さの象徴となるのです。
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中学生女性教師刺殺事件:中学生ナイフ事件
いじめは、加害者が100パーセント悪いのです。
客観的に見れば被害者側の人間にも改善した方が良い部分があったとしても、それはまた別の問題です。いじめ問題としては、被害者側を守らなければなりません。
本人が嫌がっているのをわかっていながら、一方的にそれを続けるのは、健康な心とはとても言えません。
大人が介入し、いじめの事実関係を確認し、加害者を指導するだけではなく、何よりも被害者側を守り、安心感を取り戻せるようにしなければなりません。
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いじめられている方が悪いわけでは決してありませんが、それでも、問題解決のためには、被害者と戦うことが必要になることがあります。
(いじめ被害者に、やりかえせ!とか、弱虫!などと責めてはいけません。彼らは十分にがんばってきたのですから。)
もし、あなたがいじめられていて、戦おうという気持ちがあるなら、まずは大人に勇気をもって相談することが一番ですが、あなたが戦う姿勢を直接示すという方法もあります。
いじめられつづけ、がまんしつづけ、とうとう爆弾を投げたり、刃物で切りかかったりしたら、あなたはいじめに負けてしまったことになります。
かといって、何もしないでうずくまってたなら、相手はますます図に乗ってくるでしょう。
(うずくまって泣くという降参のサインを出している相手には攻撃行動が止まると言うのが、生物としての本能だと思うのですが、最近のいじめ現場では、この穂蘊奥が働かないことも多いようです。)
何も反撃しないと、攻撃はさらに激しくなります。
反撃をしても、弱々しく、「やめてくれよ〜」などと言うと、いじめっ子はその反応を面白がって、ますますいじめてくるかもしれません。
効果的に反撃しましょう。
本当にひどいことをされたら、大声を出し、机をひっくり返し、教室を飛び出して職員室へいってもいいでしょう。相手が驚くようなことをしてやりましょう。
そして、大人の効果的な介入を引き出しましょう。
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乱暴を勧めているわけではありません。でも、今回の少年も、こんなことができていれば、爆弾など作ることはなかったかもしれません。
いじめと無関係な生徒はもちろん、いじめていたとされる生徒も含めて、犯罪の被害者です。最も優先されるべきことは、被害者の保護です。(そして同様の犯罪の防止です。)(そして、加害者の更生でしょう。)
今回の被害者も、体が傷つき、心が傷ついています。ながく、影響が残る人もいるかもしれません。受験に悪影響が出る人もいるかもしれません。こんなことで、学校の名前が全国的に有名になってしまいました。ずっと、「ああ、あの学校」と言われるでしょう。
被害者が持つ感情
否認(現実を認められない)、激しい怒り、うつ、恥の感情、恐怖、孤独感、無力感、自分が小さくなってしまったような感じ。
周囲が良かれと思って示す同情も、度を越せば、上記の困った感情を強めてしまいます。
心の傷が後遺症のように後になっても影響が出続ければ、PTSDとなります。
裁判が終わり、補償交渉が終わり、マスコミ報道もなくなったその後で、不眠、悪夢、突然の恐怖感などがぶり返すこともあります。
犯罪被害による直接の傷だけではなく、マスコミの報道合戦に巻き込まれ、周囲の無責任なうわさに苦しみ、加害者と被害者を出し、いじめまで絡んでいたことで、このあとの学校内に人間関係も複雑になるかもしれません。
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犯罪被害者は、事件の直接被害に加え、多くの二次的被害も受けてしまいます。彼らは、私達の想像を越えて、多くの問題を解決しなければなりません。
複雑な問題をかなりの時間をかけて解決していくことを、私達は理解し、支援していく必要があります。
被害者の心を思いやり、必要があれば特別なケアを行っていくとともに、それと同時進行で、日常の学校生活に戻れるような配慮が必要でしょう。
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事件が発生した高校には、山口県教育委員会からCRTが派遣されています。これは、臨床心理士や精神科医らによるチームで、原則として3日間、「心の救急隊」として学校に泊まり込み、教師をサポートし、ケアプラン作成を手助けるいうもので、全国に先駆けて2003年に発足しました。
中国新聞
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200506120031.html
1回来て、数時間訪問するだけではなく、そこに留まるところに、意味があると思います。とても残念な事件ではありますが、今回の事件から、被害者保護のための方策を学ぶことができればと思います。
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