大規模事故:心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座/災害心理学/東北地方太平洋沖地震の災害心理学・癒しと臨床心理学入門/事故の心理学(福島原発)/(碓井真史)
2011.3.29(3.30加筆)
人間の基本は、この1万年ほとんど変わらないいのに、私たちの文明、科学技術は、激変していきました。
歩くより馬車。馬車より自動車、列車、飛行機。小型機より大型機、超音速機。人力より、水力、火力、そして原子力発電。
より大きく、早く、より強力で、より複雑なシステムを作り上げ、人は高度な文明を作り上げました。しかし、ひとたび事故が起これば、以前とは異なる、最悪の事故、未曾有の大惨事が発生する危険をを抱えることになりました。
何百人の人が乗り、時速100キロで鉄の塊が突き進む鉄道。鉄道の歴史は、事故との戦いの歴史でした。実はずいぶん前から鉄道は時速100キロの壁を越えていました。
問題は、安全が追いつかなかったことです。多くの事故が発生し、その大事故の中で、今から考えればPTSDと呼ばれる症状が見られるようになりました。同じ大けがや、同じ家族との死別でも、馬車の事故よりも大きな列車事故の方が、PTSDになりやすいのです。
113名が死亡した超音速旅客機コンコルドの事故のきっかけは、前の旅客機が落としたわずか40センチの金属片でした。この金属片をふんだコンコルドのタイヤがパンクし、タイヤから跳ね跳んだ4.5キログラムのゴムが、燃料タンクに激突し、その衝撃波によってタンクが内部から裂け、漏れた燃料に引火した事故でした。
107名が死亡した555名が重軽傷を負ったJR福知山線脱線事故は、機械の故障は何もなく、運転士が車掌と運転指令所との会話に気を取られ、ブレーキ操作が遅れたというヒューマンエラーが、この大事故の原因だとされています。
現代科学の結集であるアポロ計画で発生したアポロ13号の事故は、何でもない小さなサーモスタット部品の故障が原因でした。その故障のきっかけを作ったのは、作業員が一本のねじを外し忘れたことでした。
チェルノブイリ原発の事故は、互いに関係のない6つのミスが重なりあったとされています。
スリーマイル島原発事故のきっかけは、小さな計器の表示が正常に作動しなかったことと言われています。
福島原発事故のきっかけは、小さなことではなく、巨大津波ですが、原子力発電所内部で何が起きたのか、まだわかりません。あるいは、小さないくつかの不具合が、あの大事故の始まりだったかもしれません。(一部報道によれば、大事故が起きたのは、福島原発の設計段階から事故直後の対応まで、いくつものミスが重なったためだと論評されています。)
なにしろ、事故は起きないはずだったのですから。
しかし私は、三陸にはもう昔のような津波被害はないと思っていました。
テレビに出演していた釜石出身の専門家は、地震の一報を聞いた時、釜石にはスーパー堤防があるから大丈夫だろうと正直思ったと語っていました。
私たちは100年前の人を笑うことはできません。
原発も、大事故は起きないと思っていた人も、少なくないでしょう。
システムの安全性の研究科家ぺローは、スリーマイル島原発事故の研究から、事故は避けられないものだと述べています。
科学技術に事故はつきものであり、特に物質を変質させるシステム、遺伝子操作や、原子炉が危険だと述べています。
これらの複雑なシステムは、「堅い結合」と高度の「相互作用的複雑性」があると言います。(簡単にいえば、すごく難しいものが複雑にぎゅっと絡み合っているということでしょう。)
こういうシステムでは、一つの小さなトラブルが次のトラブルを次々と引き起こし、事故を発生しかねないと言います。それは、たとえば渋滞する自動車の列で一台の車のちょっとした運転ミスが、多重玉つき衝突事故を引き起こすようなものです。
そこで、原発のような巨大システムには、いくつもの、何重もの、安全システムが組み込まれています。しかし、彼によれば、このような方策もシステムをますます複雑化するだけで、事故を根本的になくすことはできないと言います。
巨大で破滅的な最悪の事故をなくすためには、そのようなシステムを使わず、別の方法を使わなければならないと、彼は結論付けています。
***
もちろん、反論はあります。ハード面の充実と共に、「高度信頼性組織」を作り上げることによって、事故は防げるという理論です。アポロ13号を帰還させたのも、優秀なスタッフたちの力です。このように、大事故になりそうだったところを、優秀なスタッフたちが食い止めた事例はたくさんあるでしょう。
私たちは、どちらの考え方を支持していくのでしょうか。
(私は個人的には現段階で原発も遺伝子操作も全面否定するつもりはありません。両システムとも、弱者をサポートする面があると思えるからです。しかし、私たちの文明がどちらへ行くのか、じっくり考えなくてはならないでしょう。)
兆候のない事故はないと言われています。しばらく前から兆候が表れることもあるでしょうし、事故直前の微妙な変化から事故を予測する人もいます(パニック映画の主人公のように)。
2011.3.11.東日本大震災に伴う津波による冷却装置の故障から、福島原発では、スリーマイルのレベル5を越えた、レベル6の事故が発生しました。冷却装置を動かす電気が止まっても、電気を作り出すディーゼル発電機がストップしたことにより、連鎖的に事故が大きくなりました。
2007.7.16中越沖地震でも、柏崎原発は被害を受けています。
2010.6.17福島原発で、非常用のディーゼル発電機の不安定な動きが報告されています。かなり危険な状態だったという主張もあります。http://skazuyoshi.exblog.jp/12828796/
日本を揺るがす大事故の「兆候」はあったのでしょうか。
チャイルズは自著『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか 』の中で、最悪の事故を招く4つの要因を挙げています。
*今読むと、示唆に富むものと思わざるをえません。
- 多くの人がマシンの言いなりになり、マシンが正常に動くという前提でのみ、人々の命が保証される状況になっている。
- この状況における問題が良好な時でも表面化してくる。
- 現場からの声に対して、責任者が適切な処理をしない。
- 地震や台風といった自然の力が到来して、見せかけの安全性をぶち壊してしまう。
飛行機事故を防ぐのは、優秀な機長。いいえ、研究によればむしろ、はっきりものが言える副操縦士の存在が大切です。タイタニックの船長も、非常に有能でした。しかし、彼にはっきりと意見できる部下はいなかったようです。
事故が発生し、みんなが対処に追われているとき、一つのこ考えが頭に浮かぶと、そこから離れられなうなる現象が生じます。認知ロックです。事故から生還し、事態を収束させるためには、常に柔軟な発想が必要です。
不眠不休の作業が必要なこともあるでしょう。しかし、睡眠不足は私たちの想像以上にミスを増やします。また睡眠不足状態になると、スタッフ同士のコミュニケーションの質と量が低下します。事故と闘う協力体制のとればすぐれた組織の形が、崩壊しかねません。
事故対応が長期戦になるのであれば、休息、交代要員が、必要です。
自体が極めて悪化すると、「巨大で意味のない恐怖」に襲われます。そうなってしまうと、みんな懸命に働いているのですが、事態を冷静に見て解決することができなくなってしまいます。今何が起きているのかを見抜き、思いきった解決策を実行する人間が必要です(パニック映画の主人公のように)。
大きすぎる恐怖は、適応的な行動を妨害します。しかしその一方、危険な作業を行う時には、適切で健全な恐怖が必要です。非常に危険なニトログリセリンよりも、危険性のすくないはずの硝酸アンモニウムのほうで多くの死亡事故が起きているのは、その作業に適切なレベルの健全な恐怖が足りなかったからだと言われています。
大きな飛行機事故のほとんどで、飛行機は遅れていました。JR福知山線脱線事故の時も、運転士はオーバーランによる遅れを取り戻そうとしていました。タイタニック号は、大西洋温暖の新記録を作ろうとしていたとも言われています。急ぐことは、事故を誘発します。時間を守ることは、「お客様第一」につながるでしょうが、本当に大切なのは「安全第一」です。
事故対応でとっさの判断をお行う時、考える時間が数分あるだけで、結果が違うことがあります。今すぐすべきことは何か、後回しにしても良いことは何か。優先順位を考え、正しい判断を考え出すための時間を作り出すことが必要です。
精神論ではありません。巨大システム事故の研究によれば、やはり最後まであきらめないことが、さらなる被害を防止します。
今日2011.3.29現在、福島原発事故がどのように収束するのかはいまだわかりません。しかし私たちは、事故と闘っているスタッフを支え、周辺住民を支え、互いに支え合い、絶対にあきらめずに、日本を、福島を、再建していきたいと願っています。
映画のような一人のヒーローがいなくても、私たちみんなの協力で。
(今私が住む新潟に来ている、福島からの9千人避難者の祈りと共に。)
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疲れているあなたのために(大震災での「不眠不休」を越えて)
JR福知山線脱線事故から学ぶ ヒューマンエラー・心の傷の心理学
BOOKS
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか 』
(このページは主にこの本の内容を参考に書かれています)
『ヒューマンエラー 』
『(絵でみるシリーズ) 絵でみる 失敗のしくみ (絵でみるシリーズ) 』
『失敗のメカニズム―忘れ物から巨大事故まで 』
『失敗の心理学―ミスをしない人間はいない (日経ビジネス人文庫) 』
『失敗学 (図解雑学) 』
『組織健全化のための社会心理学―違反・事故・不祥事を防ぐ社会技術 (組織の社会技術1) (組織の社会技術) 』
ウェブマスターの本『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』
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