惨事ストレスケア:心理学 総合案内 こころの散歩道 (心理学講座/災害心理学/東日本大震災の災害心理学・癒しと臨床心理学入門/被災地で働く人の心のケア/(新潟青陵大学井真史)
2011.4.18(4.22加筆)
最も過酷な場所へ向かわれた皆さん。ありがとうございます。被災地の方々も、日本中の人も、みなさんにとても感謝しています。そして自らも被災されているのに、それぞれの職種で働き続けてくださっているみなさん。本当にありがとうございます。素人にはできないプロの仕事をしてくださっているみなさん。あなたが、被災地を、日本を、支えています。心から感謝しています。
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自衛隊、消防、警察、海上保安庁、医療、福祉、教育、社協、役場、電気、水道、ガス、電話、マスコミ等々、様々な関係者のみなさん、本当にありがとうございます。
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私も、個人的な知り合いで、様々な職種の人がいます。医療、教育、そして警察や消防の研修会にも講師として出かけたこともあります。みなさん、すばらしいプロフェッショナルです。(ただ、人によっては、一生懸命すぎる人もいるかもしれません。)
でも、どんなに強い、素晴らしいプロも、疲れます。傷つきます。プロだって、これほど過酷な大災害など、めったに経験していません。どうぞ、必要に応じて、休んでください。みなさんが、被災地の方々を助けたのですから、今度は私たちが、みなさんを支援する番です。
惨事ストレスに関するこれまでの研究から、惨事ストレスになりやすい状況を、兵庫県心のケアセンターの加藤寛先生が、『消防士を救え!―災害救援者のための惨事ストレス対策講座 』の中で、まとめています。
- 悲惨な遺体を扱う
- 子どもの死に接する
- 被害者が肉親や知り合いである。
- 活動中に自分自身、または同僚が負傷する、あるいは殉職する。
- 十分な活動ができない。
- 活動に対して批判、非難を受ける。
- マスコミが注目する状況
惨事ストレスの中で、様々な心理的反応がでます。それは、被災者にASD:急性ストレス障害や、PTSD:心的外傷後ストレス障害が現れるのと同様です。
多くの場合は、大震災のような「異常な状況における正常な反応」です。直後に様々な心身の反応が出たとしても、しだいに落ち着いてきます。
ただ問題は、被災者や、一般市民の災害ボランティアとは違い、救援のプロの人たちは、泣きごとが言えないということです。被災者、被害者を守るために、心も体も強くなくてはならないと、自分も周囲も思っています。
そのために、本来ならば、休んで心身の疲れを取るべきところを、休むことができず、問題を悪化させてしまうことがあります(専門的な仕事だと簡単に他の人ができない、ボランティアに手伝ってもらうことができないということもあるでしょう)。
大きなストレスの中で、心身の調子を崩し、さらに士気が低下し、時には長期間苦しみ、もう仕事が続けられないと感じて、辞職を考えてしまうことすらあります。
9.11アメリカ同時多発テロの際には、ニューヨーク消防は大活躍をしました。しかし、貿易センタービルが崩壊し、消防隊員の中からも多くの犠牲者がでました。そのストレスはすさまじいものだったのでしょう。その後、数年間の間に、2千人の退職者が出ています。
日航ジャンボ墜落事故の現場にいち早く派遣されたある有能なベテラン看護師は、それでもその後数年間は、普通ではなかったと、後に語っています。JR福知山線脱線事故も同様です。過酷な現場で活躍した医師で、後に心身の不調に陥った人もいます。
今回の震災で、現地に行かれた医師、看護師に聞きました。「向こうにいる間は意外と元気でったが、戻ってきて翌日からどっと体の疲れが出た。精神的に一週間ほど変だった。」
私たちは、みんなのために働いてくださっているプロもみなさんを守らなければなりません。
『消防士を救え!―災害救援者のための惨事ストレス対策講座 』の中では、次のようにまとめられています。
- 惨事ストレスを理解する
- 心身の反応を理解する
- 職場としての対策を考える
風邪をひけば鼻水が出るのは自然なことで、特別弱いわけでもダメなわけでもありません。同じように、どんなプロフェッショナルでも、すさまじい惨状を前にすれば、様々な心身の反応が出ることは当然であると、理解することが必要です。
茫然としたり、記憶が途切れたり、恐怖や不安がよみがえる、生活を楽しむことができなくなる、眠れない、イライラする、強い自責の念を感じるなど、自分自身も、周囲も理解が足らなければ、これらの心理的反応によって、さらに職場や家庭内の摩擦が生まれ、そこからさらに大きなストレスを生みかねません。
『消防士を救え!―災害救援者のための惨事ストレス対策講座 』の中では、次のようにまとめられています。
- 交代体制の徹底
- 体力と集中力の維持
- 活動内容、状況の共有
戦い続けるためには、休まなければなりません。
疲れているあなたのために(「不眠不休」を越えて)でご紹介したように、たとえばプロ中のプロである自衛隊は、中越地震の時でも、きちんと交代しながら休んでいました。それは、楽をするためではありません。戦い続けるためです。プロ野球のピッチャーが、1試合投げた後、次の登板のためにしっかり肩をやすませるのと同じです。休むこと、交代することも、大切な仕事の一部です。
戦いつ続けるためには、睡眠をとり、栄養を取らなければなりません。衛生を保たなければなりません。
睡眠不足は、心身の健康を損ない、ミスを増やします(事故の心理学)。
プロならば、寝なくても、毎日冷たいおにぎりだけでも、働き続けるべきだと思いますか。悲惨な状況のご遺体に対処した後、そのままの手や服で、すぐに次の仕事に取り掛かるべきだと思いますか。そんな仕事を一か月でも二カ月でも続けるべきだと思いますか。それで、彼らの心身の健康と高い意欲を保ち続けられると、お思いですか。
災害報道を通し、また様々な人々からのお話を通し、被災地の状況が伝わってきます。
マスクをした自衛隊員が、がれきの中で、作業をしています。でも、そのマスクはもう真っ黒です。
大規模、超広範囲にわたる、未曾有の大災害です。2万7千人の死者行方不明者と報道されています。1か月を過ぎた今も、ご遺体が発見され続けています。
津波の被害を受け、衣服も水流ではぎ取られ、「性別不明」「身長測定不能」。そんなご遺体の回収が、自衛隊、海上保安庁、警察によって続きます。
これまでの惨事ストレスに関する研究でも、今回の震災の報道でも、子どもの遺体と接するときの辛さが描かれています。プロ中のプロ、強靭な肉体と精神力をもった男たちも、子どもの遺体の前で涙が流れます。特に、自分の子どもと同じ年頃の子どもの遺体はとても辛いようです。
ある報道によれば、そのようなご遺体を背負って運び、体液が付いたままの服で、引き続き働き続ける自衛隊の方々がいらっしゃいます。
危険ながれきが漂う海。視界数十センチの危険な海中で、手探りでご遺体の捜索を続けている海上保安庁の潜水士(海猿)のみなさんがいらっしゃいます。海上保安庁は、海上のパトロールや、港の再開のための仕事も担当しています。
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日本トラウマティック・ストレス学会-自然災害『遺体が救援者に引き起こす気持ちの変化:救援組織の幹部職員向けパンフレット』では、次のように注意しています。
- 遺体に接する時間をなるべく減らすこと。
- 特定の犠牲者や遺留品に、部下が必要以上に思い入れ込まないように注意すること。
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避難者のみなさんには、温かい食事を出しながら、自分たちは冷たい食事を続けている自衛隊員もいます。当初は、一日おにぎり2個で働き続けていた警官のみなさんもいました。
ベッドも、風呂も十分になく、被災地の県庁の床で眠りながら、働き続けている職員のみなさんがいます。
自分も被災者であり、家のこともとても心配なのに、満足に帰宅もせず、働き続ける医師、看護師、薬剤師などの医療スタッフがいます。ジャンボジェット墜落の時もそうでしたが、今回も身元確認のため働き続けてくださっている歯科医師がいます。
不十分な医療体制の中、病院で、避難所で、亡くなる人々がいます。関係者のプロの方々は、どんなお思いでしょうか。
自分の家も流されたらしいとうわさで聞いたが、まだ自分の目で確かめることもなく、働き続けている隊員がいます。
震災後すぐに現地入りしたマスコミスの方に聞きました。病院の中も、ヘドロのような魚の腐ったような悪臭がしていたと。不眠不休で働き続けなければならない医師や看護師ら医療スタッフがいます。
役場の事務職の人たちも、自分も被災者であり、同僚が亡くなっており、それでも少ない人数で、働き続けている人がいます。普段は事務をしている方が、ご遺体と接する仕事を続ける場合もあります。多忙の中、責められることもあるでしょう。
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全国から、消防も警察も集められています。私住む新潟県からも200人の警察官が現地に行っています。検死は警察の捜査一課の仕事です。彼らは悲惨な死と毎日対面しています。交通整理、防犯パトロール、婦人警官による心のケアなど、自衛隊に比べると報道量は少ないのですが、警察の仕事も多岐にわたります。
東京から現地に派遣された消防隊のために、石原東京都知事は、涙をがして、感謝し、彼らを責めた政府関係者に抗議しました。
電気、ガス、水道などライフラインの復興のためにも、全国から職員が現地入りしています。真っ先に現地入りした人は、まだ道におかれたままのたくさんのご遺体を見てしまった人もいます。(さらに一日も早いライフライン回復のために、みなさん働き続けています)。福島原発の職員も、劣悪な環境の中、働き続けてます。
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被災地で、プロの人々が働き、そして毎日のように奇跡の救出劇が起こり、それぞれの職種の人が十分に役目をはたしているならば、精神的にはまだましでしょう。
しかし、限られた条件の中で、十分な仕事ができないと悩んでいる人々が多くいます。
検死を行っている医師が、膨大なご遺体を扱う中で、どうしても一つ一つの時間が短くなってしまうことで、自責の念を感じていました。ご遺体を十分きれいにする真水さえ不足している時もありました。
ある被災地の自衛隊基地の幹部は、地震後に一機でもヘリを飛ばすことができれば、一人でも、二人でも、命を救うことができたのにと、テレビカメラの前で涙を流していました。その方の後ろには、津波で破壊され、へし曲がったヘリコプターが、映っていました。
まだ、仕事の終了はめどが立ちません。今は、彼らの正義感と使命感で、働き続けています。上司は、がんばれ!と部下を鼓舞していることでしょう。
しかし、一か月が過ぎ、もう限界ではないでしょうか。
惨事ストレスにされたされたプロたちは語ります。作業しているときは、一生懸命だった、高揚感もあった。しかし、その後、自分は燃え尽き、自分を守ってくれなかった組織に疑問を持ち始めたと。
阪神大震災の時に、消防隊のみなさんが一番つらかったことは、仕事自体の辛さではなく、市民から非難されたことだと言っています。
家が崩れ、家族が下敷きになっているところへ、消防車が通ります。家族は必死に消防車を止め、救助を求めます。被災者の気持ちは当然の気持ちです。しかし、消防車は火事の現場に行かなくてはなりません。火事を消せるのは、消防隊だけです。
「申し訳ありません」消防隊はただひたすら謝り、罵声や泣き声を背に、火災現場へ向かいました。
阪神大震災では、火災により多くの犠牲者が出てしまいました。もしも、消防隊が、市民に呼び止められるままに救助活動を続けていたとしたら、被害はさらに大きくなっていたことでしょう。
大災害の時には、医療における「トリアージ」のように、究極の選択をしなくてはならない時もあります。
(後に、消防隊の事情が分かれば、市民からの非難の声も小さくなり、感謝の声も聞かれました。)
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非難の声が、大きな心のダメージになるなら、感謝の声は、大きな心の栄養になるはずです。私たち一般市民にできることは、まずそれなのかもしれません。
私の実家のそばの東京で、こんな話を聞き、ツイートしました。
@usuimafumi ≫ 2011年03月21日posted at 23:04:46
助けてくれているアメリカ軍の人たちに見えるように、被災者のみなさんが海岸に松の木で「ARIGATO」の文字を作りました。それを見た米軍兵士たちは、とても感激したと司令官が述べています(4.16報道)。ありがとうの一言が、兵士の心を振り立たせます。
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もう一か月です。本来のマニュアルに沿った体制をぜひ回復していただきたいと思います。この過酷な労働環境は、何が悪いのかわかりません。
あまりにも被害が大きすぎるせいかもしれません。一部報道によれば、政府が自衛隊の出動人数にこだわるあまり、交代要員も準備できず、過酷な作業現場になってしまっているという声もあります。
このままでは、士気が下がり、ミスが増え、二次災害が起こりかねません。(そんなことは、現場の方々、自衛隊や海上保安庁や、警察や消防の偉い方々は、十分ご承知だとは思うのですが)
震災の作業終了後に、大量の退職者が出てしまい、収集な隊員を失うのは、国家的損失です。国民もそれぞれの組織や行政、政府に働きかける必要があるでしょう。
実際の、交代要員、休息、栄養、清潔だけではなく、「組織が自分たちを守っていくれている」と思っていただけることも重要です。責任者の一言は、大きな意味があるでしょう。
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惨事ストレスについてりかいすることです。それぞれの組織により、また地域により、理解度は異なるようです。
強い組織の強いリーダーは、うっかりすると部下にも強さを求めすぎてしまいます。うっかりすると、精神論で「がんばれ!」と鼓舞しすぎることもあるかもしれません。
惨事ストレスを理解し、それぞれの職員のストレス状態を理解しましょう。ショックを受けている職員、疲労困憊している職員に声をかけ、守りましょう。
ショッキングな出来事の後、自分の体験を詳しく話すデブリーフィングという方法もあります。ただし、近年はこの効果に疑問の声も出ています。場合いによっては、かえってストレス反応を高めると言う人もいます。
しかし、特別なデブリーフィングではなくても、戻ってから、互いに報告し合い、互いに心身の状態に心づかいをすることは、有効でしょう。無理に話をさせるのではなく、話がしたい時に話ができること、思いを共有することは、大切です。
必要に応じて、精神科医や、心理学の専門家の力も借りましょう。ただし、もともとが強く、誇り高いプロフェッショナルな人々です。カウンセリングを拒む人もい多いでしょう。治療とか、セラピーとか、カウンセリングというのではなく、隊員、職員のみなさんに、お話しいただく、ご報告いただくという姿勢が良いようです。
***
『惨事ストレスケア―緊急事態ストレス管理の技法 』の訳者は、その訳者あとがきで述べています。「こころの臨床家は、〜一つ一つの技法にこだわることなく、その場でもっともふさあわしい方策は何かを考えて実行する心の準備をしておきたいと思います」
***
また、どの職種、組織も同じですが、管理職自身が自分を守ることが必要です。自分自身の心身の健康管理が大切なのは、最前線の人も、管理職の人も同じでしょう。
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PTSDと惨事ストレスの専門家である飛鳥井望先生は、次のようにすすめています。
- 「異常な事態に対する正常な反応」としてストレス反応を理解し、余裕をもって受け止める。
- 可能な限り家庭や職場における日常のペースを取り戻す。
- 気分のリフレッシュをはかる
- 見守ってくれる家族や同僚、友人との絆をを大切にする
- わかってくれそうな相手に体験したことを話す。
- ストレス症状が強かったり、長引く場合は専門家に相談する。
本当に心身ともに疲れきっているときには、休暇も必要でしょう。病気になれば、治療も必要でしょう。しかし、本来やる気と力にあふれるプロの方々は、通常の仕事の中で、ふたたび力を得ることも多いようです。(決してムリをすすめているわけではありませんが)。
そのためには、必要な、休息や、趣味を趣味を楽しむことや、家族や友人との交流を大事にしましょう。守秘義務があり、話せないことも多いでしょうが、人は人間関係の中で傷つき、人間関係の中で癒されます。
・飛鳥井望著『PTSDとトラウマのすべてがわかる本 (健康ライブラリー イラスト版) 』
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ご家族もまた大きなストレスを抱えるでしょう。普通なら逃げていきたくなるような場所に家族を送り出している残された人の気持ちを想像していましょう。
最前線の現場にいる人を家族が支え、組織が支え、その家族や組織を、さらに友人として、国民としての私たちが支えるのでしょう。
私たちは一つだって、テレビのコマーシャルでも、さかんに言っていますよね。
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災害救援者のメンタルヘルス対策(日本トラウマティックストレス学会)
惨事ストレス対策(日本トラウマティック・ストレス学会:大震災支援情報サイト)
加藤寛著『消防士を救え!―災害救援者のための惨事ストレス対策講座 』
テーマはちょっと特殊ですが、大変わかりやすい本です。
心理学の専門知識を学ぶだけではなく、現地で活躍する消防士らの気持ちが伝わってきます。
ウェブマスターの本『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』
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